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玉彦と二人だけの夕餉を台所で頂き、部屋に戻るとスマホにお父さんからの着信が鬼の様に残されていた。
宗祐さんの話によれば、私のお父さんに娘が緊急事態だと嘘を吐くのは忍びなく、正直に事情を話して鈴白村へ来てもらうことにしたそうだ。
お父さんも九条さんが島へ行くと聞き、そして当主や南天さん、自分が出禁になった事情を鑑みて今回の件は自分にも責任はあると自覚した様である。
三人が島で問題を起こさなければ、九条さんが出張らなくとも澄彦さんや南天さんが行けたはずだからだ。
一体あの三人は島で何をやらかしたんだか。
出入り禁止になるってことはよっぽどのことをしたのだろう。
お父さんの着信に私は折り返しの電話をせず、そっと電源を落とした。
どうせ私まで行くことは無いとか何とか言い出すのが目に見えている。
しかしそもそも、である。
次代の玉彦と稀人の豹馬くんが行くのだから、九条さんと私は行かなくても良いんじゃないのかな。
そう思ってなぜか今夜も私の部屋で勝手にお布団を甲斐甲斐しく敷いている玉彦を見る。
九条さんから小旅行を提案されて上機嫌の玉彦は、これが自分の家の関係で行かなくてはならないことがお花畑の頭から抜け落ちている。
観光旅行には絶対にならないはずだ。
「玉彦ー」
「なんだ」
「正武家に深い所縁がある家って九条さんが言ってたけどどんな関係なの?」
さっさと寝間着に着替えた玉彦は姿勢正しくお布団の上で正座して、ぱふぱふと目の前のお布団を叩くので私はそこに座る。
「古に島から来た女性を正武家に迎えたのだ」
「えっ。じゃあ玉彦と親戚ってこと?」
「数十代辿れば、な。そこまで離れてしまえば他人だろう」
「いにしえっていつよ……?」
「千年は前だろうな」
「あぁ……それじゃあもう他人だわ……。でも親交はあったのよね?」
「うむ。ここ最近は百年に二度ほど」
その百年に二度の一度にあの三人は問題を起こしたのね……。
私のげんなりとした顔を見た玉彦はこちらの考えを察して自分も目を伏せた。
自分たちの親って、なんて問題児なんだろうと思ったようだ。
「島って遠いの?」
「いや。船で一時間も揺られぬ距離である」
「へぇ。でも昔にそんなとこから人が来るって、結構大変だったんじゃない?」
現代の様にしっかりとした機材を備えた船ならばいざ知らず、千年も前の船なら心許ない船だっただろうと思う。
私がそういうと、玉彦はごろりと寝転がって頭の下で腕を組む。
「女性は赤石村の浜辺に流れ着いた」
「はっ?」
「島からは船で出たのであろうが、途中難破し、流れ着いたのだ」
「うわぁ~最悪……」
「当初は記憶が戻らず、恵比須として正武家に引き取られ、そこで当時の次代に見初められたのだ」
「えびすって何よ。恵比須様?」
聞きなれない単語に首を捻ると、玉彦がいつものように私に説明をする。
毎回思うけれど玉彦って普通に頭が良いのに、こういった伝承的なものにも詳しくて、どこからその知識を得ているのか不思議である。
「海から流れ着いた物には福が宿ると昔は言われており、それを恵比須と呼んだのだ」
「あぁ。七福神の恵比須様って釣り竿持ってるもんね」
神様は海釣が好きなのだろう、と私は勝手に解釈をした。
そんな私に玉彦は視線だけ投げかけ、再び天井を見る。
「女性は哭之島から来たということを思い出し、次代と稀人は解決の為に島へ赴き、解決した。以来、代替わりの際には出来るだけ立ち会うことになっている」
「なきのしまってどういう字を書くの?」
「口が二つに犬、紀貫之の之に、島国の島、だ」
「島は言われなくても分かるわよ」
口が二つに犬の哭という字は、何となく不吉な感じがする。
それに次代と稀人が赴いて解決したってことは、間違いなくお役目関係である。
「もしかして口が二つある犬のお化けでも出たの?」
恐る恐る聞くと、玉彦は一瞬呆気に取られて思わず私を二度見した。
どうやら違ったようだ。
「いや……。夜な夜な死人が徘徊していた」
今度は私が二度見した。




