第六章『九条さんといっしょin哭之島』
絡新婦の案件が終わった翌日の午前中。
早朝にラーメンを食べて回復した玉彦は朝餉もしっかり平らげて、豹馬くんと須藤くんを引き連れてお役目がある惣領の間へ。
玉彦と話したいことが沢山あったのに、今日はお役目が本気で立て込んでいてゆっくり話せるのは夜になりそうだった。
まだ目覚めない優心様を待つ信久さんは母屋ですることも無く、鈴白村を散策しようと離れの玄関に現れたところを多門に止められ、私の部屋に連れて来られた。
せっかくのお散歩を止められた信久さんは不服気だったけれど、何にもない村の散策を止めた多門は正しいと思う。
正武家屋敷から徒歩で山道を下っても、広がる景色は畑のみ。
そこからどっち方面に歩いても山と畑のみ。
村に詳しい人物が案内人なら少しはマシな商店街等に連れて行ってもらえるけど、一人で歩いていては本当に何もない。
私はそれを身に染みて知っている。
歩いてうんざりして振り返れば、来た道をまた帰らなくてはならないことに再びうんざりするのだ。
寛げるようにと濃紺の作務衣姿で連れて来られた信久さんに、私は縁側で座布団を進めた。
その隙に多門は台所からジュースとお菓子を持ち込んで、なぜかやる気を見せている。
三人で縁側に座り、これでは寺に居るのと変わらない、と言った信久さんに三人で笑う。
「比和子ちゃん、比和子ちゃん」
「ん?」
「お話しよ」
「はぁ? 今してるでしょ」
「そうじゃないよ。信久も気になるだろ?」
「何をだ」
勘の悪い二人を前に、多門は口を尖らせ座布団に正座してその下に両手を滑り込ませて身を乗り出させる。
「何って、これから優心が行く島のことだよ。比和子ちゃん、行ったことあるんだよね?」
多門の質問に信久さんが私に目を向けたので、渋々頷く。
「どんなとこなの?」
「どんなって……。私がとんでもない目に遭ったところよ」
「比和子ちゃん、いっつもとんでもない目に遭ってるねっ」
シシシと笑う多門の膝を信久さんが軽く叩き窘める。
「話せばかなり長いけど……聞きたい?」
二人が何度も頷いたので、私は暇つぶしにでもなれば良いかと語る。
今は亡き私の師匠である九条さんとのお話だ。
玉彦と豹馬くんと須藤くんが大学へ通う為に通山市へ引っ越しして、二年と少し。
大学生として三回目の夏休みで帰省してきた玉彦は、週に一度は帰って来ていたにも関わらず、お役目以外は私に纏わりついて、その日もお役目を終えてから御門森のお屋敷で修行していた私のお迎えに嬉々としてやって来た。
しかし、この時。
御門森のお屋敷では宗祐さんと紗恵さんVS九条さんという珍しい対立が起こっていた。
正武家の先先代の稀人だった九条さんは九十七歳とはいえ矍鑠としてまだまだ現役で、神守の眼の習得に励む私に色々と指南してくれていた。
私にとっては頼れる師匠だけれど、孫の南天さんや豹馬くんからすれば一癖も二癖もある祖父で、そして主家であるはずの正武家当主の澄彦さんは未だに九条さんを内心恐れていて、玉彦は出来れば関わり合いになりたくないと思っていた。
なぜなら生き字引の九条さんは当主次代を敬ってはいるものの、かなり遠慮なく彼らに意見をしてくる。
本殿の巫女である竹婆とのタッグは誰にも止められないほどの効力があった。
しかも言っていることは只管に真っ当で、反論しようものなら理詰めで攻めて来てあの澄彦さんですら閉口するしかないのだった。
そんな九条さんにこの日も私は教えを乞い、三時のおやつで九条さんとお話をしていると、正武家のお屋敷から帰って来た宗祐さんが姿を見せて、これでもかというほど険しい顔をしていた。
宗祐さんが帰って来たならそろそろ玉彦も御迎えに来る頃といつもなら私は帰り支度を始めるのだけれど、あまりの宗祐さんの剣幕に私はソファーに座ったまま固まってしまった。
宗祐さんは基本的に穏やかな人物で、ここまで怒っているのは余程のことがあったのだろう。
九条さんの私室である洋風の部屋に現れた宗祐さんを見て、部屋の主は気怠そうに煙草に火を点けた。
ぷかりと浮かばせた紫煙に息を吹きかけて蹴散らすと、九条さんは宗祐さんがまだ何も言っていないのにしつこいとご立腹である。
緊張感が漂う部屋の開け放たれたドアの向こうには、気遣わし気に中を窺う紗恵さんもいる。
とんでもない所に出くわしてしまった感が満載で、私は動くことも出来ずにただただ身体を小さくさせて気配を消す努力をした。
動かず、息を潜め、小さくなれば気配は消しやすい。とは目の前にいる九条さんの教えだ。
宗祐さんは私に一礼すると九条さんに詰め寄り、仁王立ちになった。
体格の良い宗祐さんがその格好をすると迫力があると私は思ったけれど、九条さんはひよっこが、とも言いたげに目を細める。




