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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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16



 騒がしくなったのは一回目だから、一匹目。

 それから間を開けて二度ほど信久さんの悲鳴が上がったので、二匹くらいは居たのだろう。

 これで三匹。


 数分後にお寺の玄関に姿を現した玲子さんは両手に絡新婦を三匹ぶら下げて引き摺りながら現れ、爽太さんは玲子さんが心配なのか、蜘蛛が原型を留めているのか心配なのかどっちとも言える心配ぶりを見せながら駆け寄った。

 そしてそのすぐ後に信久さんが背中に作務衣姿の僧侶を、そして多門が流子ちゃんを背負って出てくる。

 最後に玉彦が鼻だけ出して頭をサラシでぐるぐる巻きにされた住職様を抱えて戻って来た。

 庭に寝かされた三人に意識はなく、鼻に手を当てれば呼吸している。

 気絶していたのか、蜘蛛の糸に囚われて眠らされていたのか定かではないけれど、とりあえずは生きている。


 玉彦が触れたお陰で三人の身体の糸は既に無く、ただ気絶しているだけに見えた。

 流子ちゃんの頬を軽く叩くと、少ししてからゆっくりと瞼が上がる。

 ぼんやりとしていた焦点が私に合わさり、がばっと身を起こして周囲を見渡す。


「蜘蛛っ!」


 叫んだ流子ちゃんの傍らに片膝を付いた玉彦は、かなりな勢いで手刀を彼女の頭に振り落とす。

 流子ちゃんは頭を抱えて玉彦を睨み、彼の姿に目を剥く。

 真っ白いはずの着物は絡新婦の返り血でドロドロの粘液が纏わりつき、色も絵の具をごちゃ混ぜにしたように散々なものになっていた。


「既に退治した。秀子から忠告を聞いていたはずだがなぜ従わなかった。次代としての私の言葉が聞けぬなら、五村から直ちに出てけ。お前など護る価値もない」


 玉彦の厳しい言葉に流子ちゃんはぐっと唇を噛み締めて、反論をしなかった。

 従兄妹の玉彦ではなく、正武家次代の玉彦様としての言葉は重い。

 日頃喧嘩をしていても、越えられない一線がそこにはあった。


「申し訳、ございませんでした……」


 流子ちゃんは悔し気に俯いて、声を絞り出して謝罪すると、玉彦は目を細めて流子ちゃんの頭に手を置き、ほつれた黒髪を耳に掛け直す。


「色々と私に思うこともあるのだろう。忘れて無かったことにしろとは言わぬが、もう互いに大人である。公私は分けて考えるように。解ったな?」


「はい……」


 思いがけず天敵の玉彦に優しい言葉を掛けられた流子ちゃんは気まずそうに、でもちょっとだけホッとした表情を見せた。


 流子ちゃんから離れた玉彦は、次に信久さんに肩を揺すられても起きない優心様のところに膝を付く。

 やっとお目に掛かれた優心様は紺色の作務衣姿で、女性だと知らなければ美僧そのものだった。

 小柄で華奢で、寝顔は普通の女性だ。

 流子ちゃんはこんな優心様の姿を見ても男性だと思っているようで、思い込みとは怖いものである。


 優心様が女性だと流子ちゃんに教える気がない玉彦は、ひとまず優心様はこのまま眠らせておいて正武家屋敷で処置をすると言い、信久さんに指示をして車へと運ばせた。

 彼にお姫様抱っこされた優心様を見て、流子ちゃんは再び唇を噛み締めて私を見た。


「あれってそういうこと?」


「え? どういうこと?」


「御坊様ってそういうの多いって言うでしょ?」


「あっ……あぁ」


 優心様を見つめている信久さんは、ただただ同僚を心配しているだけなのに、流子ちゃんの目には違ったように映った様である。

 女犯にょぼんの戒律を守る僧侶はこの時代には数少ないと私は思う。

 けれど大昔はそれが当たり前で、男色というものが僧侶の間ではあったようである。

 流子ちゃんの頭に過ったのはそのことだろう。

 ごめん、信久さん。と思いつつ、私が意味あり気に苦笑いをすれば、流子ちゃんはがくりと首を折った。


 門の向こうへと消える二人を見送っていると、玉彦が私を手招きしたので、流子ちゃんに一声かけてから近付く。

 三度みたび膝を付いた玉彦の前には、目口をサラシで覆われた住職様がピクリともせずに寝かされている。

 ご老体になんていうことをしてるのよ、という視線を玉彦に投げかければ、小さく溜息を吐いた。

 そして少し離れたところに座っている流子ちゃんに視線を流す。


「流子」


「はい……」


「優心が助けた絡新婦はオスではなかったか?」


「え? あ、はい」


 二人のやり取りにどんな意味があるのかと近くの多門を見れば、多門は私の隣にしゃがんで錫杖を地面に突きたてた。


「あれ、ね。メスの絡新婦なんだよ」


 多門が指差す方を見れば、玲子さんが爽太さんを正座させてなぜかお説教をしていた。

 爽太さんの診療鞄から黄色と黒のストライプな蜘蛛の足が覗いている。

 私が見たことを確認した多門は玉彦に頷く。


「絡新婦卵を抱えていたでしょ。ていうことは、どこかにオスがいたはずなんだ。んで、絡新婦のオスってヤツはさ、メスと比べて地味な色で、小さいわけ」


「え」


 嫌な想像に至った私は、玲子さんたちの方からギギギと首を住職様へと向ける。

 確か……玉彦は言っていた。

 住職様の口から蜘蛛の足が覗いていたって……。




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