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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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15


 爽太さんと玲子さんの助言を受けた玉彦は、黒扇を片手に指示を出す。


 お寺の内部に捜索へ入るのは、玉彦と多門と玲子さん。そして信久さん。

 彼はここで小さく声を上げたけれど、玉彦は無視を決め込んだ。


 爽太さんと私は外で待機して、救出された人を待つ役で、連絡済みの正武家屋敷から誰かが来た場合には状況を説明する様にと指示が出る。

 澄彦さんはこういうのが大好きだけれど、午後は玉彦分のお役目もしなければならないので、豹馬くんか須藤くんが来るのだろう。

 南天さんが来てくれると私的には心強いけど、当主の側からは離れられないはずだ。


 それぞれが自分の役割に準じて動き出し、多門は車のトランクに積み込んでいた錫杖を手にやる気を見せている。

 多門や玲子さんは武装しているけれど玉彦と信久さんは丸腰で、爽太さんは診療カバンからそっと小さなカッターを取り出して気休め程度ですが、と信久さんに手渡した。

 玉彦には何もないのかと心配すれば、懐から黒扇を出している。

 あやかしや禍ならともかく、ただの巨大な蜘蛛に扇は通用しないんじゃないだろうか。


「玉彦……大丈夫なの?」


「問題あるまい。ただの蜘蛛ぞ」


「いや、蜘蛛は蜘蛛だけど大きいでしょ」


「大きいだけの、蜘蛛ぞ?」


「……もういいわ。大丈夫なのね?」


「うむ。問題ない」


 玉彦が問題ないと自信を持っているならば問題は無いのだろう。

 玉彦的に問題があるとすれば蜘蛛を退治した際に降りかかる体液のようで、不気味な色に染まっているお役目着を見下ろして顔を顰めている。

 濡れたままの草履や足袋が気持ち悪いらしい。

 そんなずれた玉彦は放って、私は信久さんに顔を向ける。


「信久さん」


「あ、はい」


「大丈夫ですか。嫌なら嫌って言った方が良いですよ」


 私が同情まじりにそう言えば、彼は肩を竦めて諦めたように目を閉じる。


「いえ。中の人間に肩を貸す者が必要でしょうし。私は駆除には役立ちませんが救助に関してはお役に立てますから」


 信久さんはお坊さんなので、虫とはいえ殺生は禁じられている。

 なので確かに駆除は出来ないのだろう。

 でも人を助けることはお坊さん以前に人間として当たり前のことなので了承してくれたようだ。


 絡新婦の残骸を玲子さんの車から持ち出した縄で括る爽太さんを置いて、私はお寺内部に突入する一行の最後尾に付く。

 玉彦がお寺の扉を開けると昨夕は広々としていた玄関は蜘蛛の糸に覆われ、彼が一歩進めばちりちりと蒼白く燃え上がる。

 目の前にあった本堂の立派な大きな仏像にも糸は纏わりついていて、廃墟のような有様だった。


 玉彦の肩越しに中を覗いていた私を残し、一行は無言で頷くと中へと姿を消す。

 私は身体を前に向けたまま後ずさって爽太さんのところまで戻った。

 すると開けたままにしておくようにと玉彦が言った玄関前に黒駒が立ち塞がる。

 すぐに動きは無いだろうと思った私は、絡新婦をしげしげと観察する爽太さんの隣に体育座りをした。


 ちょっとだけ後ろに転がりそうになって手をつく。

 やっぱりお腹が少しだけ大きくなったのでこの体勢はそろそろ厳しいのかもしれない。


「それ。あとで燃やすんですよね?」


 私が聞くと爽太さんは困り顔を作る。


「やっぱり焼却しなきゃ駄目だよねぇ。一匹くらい解剖したいところなんだけど」


 玲子さんに捌かれてしまった絡新婦に目をやり、爽太さんは再びもったいないと繰り返す。

 そう言えば爽太さんは先代当主の道彦に許可を貰って研究成果を外界に発表しないかわりに五村の不可思議な生物を解剖して研究することが許されていたんだっけ。

 これまで一体どんなものを解剖したのかと水を向けると、爽太さんは嬉々として語り出した。

 山の中で玲子さんが捕獲したこの世ならざるものを皮切りに、こういった絡新婦の様に巨大化した生き物も何度か解剖したそうだ。

 一番驚いたのは野ネズミで、頭から尻尾までの大きさが二十センチほどが通常なのに、美山高校の図書館を荒らした野ネズミは一メートルを越えていたそうである。


「あれには驚いたね。尻尾なんてこんなに太かったんだよ」


 両手で輪を作った爽太さんは笑いながら私に同意を求めたので、私も引き攣った笑顔でそれは驚きますね、と返す。

 私が在学中にそんなのが現れなくて良かった。


「繁殖はしていなかったんですか?」


「うん。道彦様はそれを頼豪鼠らいごうねずみと呼ばれていてね。妖怪の一種だったみたいだよ。本とかを食べてしまうんだって。放って置いたら繁殖したかもしれないけれど、一匹だけだったから」


「どうして一匹だけだったんでしょうかね~」


 退治された頼豪鼠だって親はいただろうし、ネズミの繁殖力は高いから増えていてもおかしくはないんだけどな。

 私の疑問は当時の爽太さんも持ったらしく、やはり道彦に尋ねたそうだ。


「図書館に寄贈された本に一匹だけくっ付いて来ちゃったみたいなんだよね」


「どこから寄贈された本なんだろ……」


「緑林村のお寺からって聞いてるよ」


「緑林村……」


 ということは、緑林村のお寺には頼豪鼠たちが繁殖しているってことだ。

 でも大事おおごとになっていないのは悪さをしていないから、ではないはず。

 鼠の被害があったとしても僅かで、住職様は正武家に連絡を入れるまでも無い、普通のネズミによるものだと思っているに違いない。

 そして鼠の被害が僅かなのは……たぶん。

 緑林村を根城としている鼠の天敵、蛇のお陰なのだろうと私は予想する。

 通常の自然界の食物連鎖的なものが、あやかしの世界でも成立しているんじゃないだろうか。


 爽太さんのお話を聞きながらそんなことを考えていると、俄かにお寺の内部で声が上がり騒がしくなる。

 時折信久さんの悲鳴が聞こえるのは聞き違いではないだろう。

 また巨大化した絡新婦に遭遇しているのだ。




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