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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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「火炎放射器、ですかねぇ」


 もじゃもじゃのアフロ頭の爽太さんと剃髪の信久さんが肩を並べると、頭の大きさが三倍くらい違う。


 鳴黒村の診療所からすぐに駆けつけた爽太さんは、巨大化した絡新婦を目にしても左程驚かずに検死を始め、効果的に駆除する方法を玉彦に問われて答えた。

 火炎放射器って聞いたことはあるけど、五村に存在するのだろうか。

 案外正武家屋敷の駐車場の横にある石蔵には保管されているのかもしれない。


「火は山に移ると山火事を起こす。他にはないのか」


「そうなるともう、一匹一匹こうして駆除するしかないですね」


「となると猟師の出番か」


「そうですねぇ。一応玲子さんにはメールしておきましたので、すぐに来てくれると思います」


 玲子さんとは爽太さんの奥さんで須藤くんのお母さん。

 そして澄彦さんの同級生でもあり、因縁の白猿討伐の為に本職の猟師さんよりも腕が立つ女性である。

 とりわけ普通の獣よりもあやかし退治を得意としており、きっと巨大な蜘蛛を退治することも出来る。とは思うけれど、気持ち的にどうなの!?っと思うと思う。

 玉彦と爽太さんとのやり取りに多門が加わり、私と信久さんはお寺の玄関を眺めて二人で気を揉んでいた。


 とりあえず庭の蜘蛛の巣は玉彦が歩き回ったお陰で祓われており、残すはお寺の内部である。

 お寺の外周には誰も居らず、中に住職様を始めとする人間が数人いるはずなのだ。

 そこには軽自動車に乗って来た流子ちゃんもいるはずで、信久さんが会いに来た優心様もいる。

 日中は住職様の他にも誰かが居てもおかしくはなく、母屋の方には奥さんも居たことだろう。

 昨日の夕方、住職様の口元に蜘蛛の足が見えていたなら早々に手を打っておけば良かったのに、と思わずにはいられない。

 あやかしを見ればすぐにでも祓ってしまうはずの玉彦がそうしなかったのには理由があって、鈴白寺であったことが理由だった。


 神聖な寺中に存在している不可思議なものが、果たして悪しきものなのか。

 そして蜘蛛は仏教において天と地を結ぶ、そして幸運が天から降りて来るという教えがあり、時には仏の化身となることもあるそうで。


 その話を聞いた信久さんは確かにそうだと同意をしたけれど、流石に人を襲う蜘蛛は化身では有り得ないと玉彦に言っていた。

 そんな彼の助言もあり、鈴白寺に出現した巨大化した絡新婦はただの害虫として駆除をする方針を玉彦は固めた。


 問題なのはこれだけ庭で騒いでいるのに中から誰も出てこないこと。

 恐らく別の絡新婦に囚われていると予想した玉彦は一匹とは限らないと言い、お寺の塀の周辺を黒駒に警戒させていた。

 卵を抱えた巨大な絡新婦が五村の山中に逃げてしまえば、来年の春、鈴白村を中心に阿鼻叫喚となる。

 蜘蛛の卵は無数で、今ここで食い止めなくては取り返しがつかないことになる。


 狗の黒駒は普通の犬よりも数十倍賢く、鼻も良い。

 鼻が良いのか狗の式神だからなのか、黒駒はあやかしや禍を追うことを得意としているのが今回は助かっている。

 幸いにもまだ建物から蜘蛛は一匹も出て来てはいないけれど、閉められた玄関から中を窺った時に磨りガラスの向こうにかさかさと音をさせて動く物体が居たので、後一匹は確実に中に居る。


「優心は大丈夫でしょうか……」


「たぶん……」


 玉彦は女性は最後に喰われるだろうから大丈夫と私に言っていたことは信久さんには伝えないでおこう。

 優心様や流子ちゃんだけなら大丈夫だけれど、昨夕既に口の中に蜘蛛が入っていた住職様は怪しいところである。


 二人で庭をうろちょろしてはみるものの、留守のように静まったお寺に変わりはない。

 そうこうしているうちに赤い軽自動車で現場に到着した玲子さんが、包丁を片手に大弓を背負って姿を見せた。

 かなり急いで来てくれたらしくピンクの花柄エプロンを掛けたままで、主婦が包丁を持って弓を背負う姿は鈴白村じゃなければ職務質問されているところだ。


「玉彦様、あなた。一体……」


 とりあえず呼ばれたから来た風の玲子さんは、彼らの足元に転がされた巨大な絡新婦を見て身体を固まらせた。


「なっ……蜘蛛? 死んでるんですか?」


 恐る恐る近付いて手にした包丁で腹をつつくと、玲子さんは迷いもせず見事な手捌きで動かない蜘蛛の手足を両断し、頭部と胴体を切り離した。

 それを見ていた爽太さんは、あああっ、もったいない! と悲鳴を上げる。

 悲鳴を上げるところが違うと思う。


「虫は頭や胴を潰しても動くことがあります。こうやって解体しておかないと危ないですよ」


 冷静に玉彦に助言した玲子さんはしゃがんだまま包丁を腹に沿えて切り裂き、卵の存在を確かめると焼却も提案する。

 さすが出来る女性は違う。


 でも玲子さん……。その包丁で今晩のご飯を作るのかな……。

 現れた玲子さんの行動にどん引きしている信久さんは、そっと私の耳に口を寄せた。


「ここでは誰も驚かないのでしょうか?」


「……いえ。あの人たちが特殊なだけです……」


 村民の名誉の為に私は信久さんの言葉を否定した。




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