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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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13



「だ、大丈夫ですか!? お前、バカ! 妊婦さんに刺激が強すぎるだろう!? 少しは考えろ!」


 肩を抱かれてその場にゆっくりと座らされ、信久さんは袖で私の視界を遮ろうとしてくれたけれど、私は袖を掴んで暖簾の様に覗き見る。

 一本の糸を器用に渡る絡新婦は真っ直ぐに巣を破壊している玉彦に音もなく近付く。


 けれど信久さんが上げた声によりこちらを振り向いた玉彦は、絡新婦を迎え討つべく懐から黒扇を取り出した。


「大丈夫だって。だって当主が言ってたもん。物理的な要因以外で子は流れないって」


「だからって許されることじゃないだろうが! 女性だぞ、妊婦だぞ! こんな場所に連れてくるなんて頭がおかしいんじゃないのか!」


 信久さんに非難されても飄々とした多門は、だって比和子ちゃんだもん、大丈夫、と言いつつ黒駒を従えて前に陣取る。


「大丈夫なものか! こんなこと、免疫の無い人間が見れば気が狂うぞ」


「いやいや、お前よりずっと比和子ちゃんの方が経験値が上だからね? 筋金入りのトラブルメーカーでこういうの誘き寄せるの得意なんだから」


「と、得意?」


「伊達に次代の嫁じゃないってことだよ」


 多門の言葉に信じられないと目を剥いた信久さんは私を見下ろして、眉をハの字にさせた。


「慣れているのは確かですけど……。流石に巨大な絡新婦は精神的に……」


「ほら見ろ!」


「またまた~」


 両手の人差し指を私に向けた多門の背後では、今まさに絡新婦が玉彦に飛び掛かるところで私は多門の態度に怒っている場合ではなかった。


「玉彦!」


 この距離なら。このタイミングなら。

 私の眼で絡新婦の動きを止められる。


 眼に僅かな力を籠めようとした矢先、玉彦がこちらをチラリと見て首を横に振った。

 眼の力は必要ないと。


 八本ある腕の前腕四本を束ねて玉彦に襲い掛かった絡新婦は、黒扇で腕を弾かれて胴体を蹴り上げられた。

 数メートル飛ばされた絡新婦に素早く駆け寄った玉彦は着物の足元を肌蹴させて地面に押さえつけると怪訝な顔をさせて、黒扇も使わず、宣呪言も詠わず、力任せにのた打ち回っていた絡新婦の頭と腹を踏み潰した。

 黒とも緑とも青とも見える体液がお役目着の真っ白い着物を足元から汚し、顔に飛ばされた飛沫を拭った玉彦は濡れた手をじっと見つめる。


 元凶の絡新婦を退治したと安堵した私は、信久さんの手を借り立ち上がり、一緒に玉彦の元へと駆け寄る。

 すると玉彦は死んだ絡新婦をしゃがみ込んで観察していた多門に声を掛けた。


「須藤の父を呼べ。今すぐだ。火急の用(ゆえ)、何を置いてもすぐに駆けつけよと言え」


「承知!」


 こちらに背を向けてスマホを手にした多門を見てから、私は玉彦の袖を引く。

 須藤くんのお父さんの爽太さんは鳴黒村で獣医さんをしている。

 昆虫は範囲外だと思うし、何よりもどうして呼び出すのかが不明だ。


「玉彦?」


「黒扇で弾いても消えぬ。触れても消えぬ」


「あっ……」


「この蜘蛛はただ巨大化しただけの蜘蛛である」


 弱小なあやかしや禍であれば、玉彦が持つ黒扇や身体に触れると自動的に祓われてしまう。

 さっきの蜘蛛の糸の様に。

 しかし足元で死んでいる巨大な絡新婦は、触れても祓われることはなかった。


 ということは、である。

 玉彦が言う通り、ただの巨大化した絡新婦なのである。

 いくら五村が田舎で自然溢れる土地だったとしても、ここまでの大きさの蜘蛛は有り得ない。

 こんなものが居れば人間にも被害が出て周知の事実になっているだろうし、何よりもこのサイズの蜘蛛は世界中どこを探しても見付からないだろう。私が知る限り、だけど。


「触発され巨大化しただけならば問題はないが、もし繁殖していたとなると事は重大である」


「うげっ……」


 馬鹿みたいな声を上げた私を横目に玉彦は、踏み潰した絡新婦の腹を足先でまさぐり眉を顰めた。

 その様子に私と信久さんが足先に注目する。

 何か、ある。塊が。一杯。


「すぐ来るってー」


 スマホを片手に軽い足取りでこちらにやって来た多門が、私たちが見ていた物に視線を落として、躊躇せずに手に取った。


「卵じゃん」


 多門の親指と人差し指に抓まれた十円玉程の大きさの丸く白いビー玉のような卵は、太陽に透かせば中に蜘蛛が入っており、ぐるりと身体を一回転させて蠢いた。




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