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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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12





 離れの座敷で食事がてら休憩していた信久さんと玉彦と私と多門は、裏門で顔を合わせた。

 信久さんは深々と玉彦にお辞儀をして、その節は大変お世話になりました、と挨拶をする。

 玉彦は頷いただけですっかり玉彦様モードだ。

 隣にいた私が不愛想な人間の代わりに進み出る。


「こちらこそ多門がお世話になりまして」


「オレは世話をしてやったの! 世話をされたんじゃなくて! してやったの!」


 私に喰って掛かる多門を無視して信久さんにお礼をすると、彼は多門を見て苦笑する。

 多門の事だから、前に一緒にお寺を訪れた時のように絶対僧侶の方々に横柄な態度を取ったに違いない。

 苦笑した信久さんを見れば私の読みは当たっている。


「多門の云う通り私はお世話になりまして」


 大人な対応をした信久さんと私に文句をいう多門を見比べていると、玉彦がさっさと車の後部座席に収まる。

 そこはお客様の信久さんが座るべきところなんだけど。

 部下も部下なら上司も上司である。

 助手席のドアに手を掛けた私に信久さんが後ろへどうぞ、と譲ってくれたので私は玉彦の隣に腰を下ろした。

 すると前座席から見えない角度で玉彦がそっと手を握る。


「どこから蜘蛛の範囲なのか解らぬ故」


 返事の代わりに握り返すと玉彦は目を伏せて微笑む。

 ギョッとして振り返った信久さんは多門に言われて慌ててシートベルトを締めて、発車。


 鈴白寺到着までの道すがら、私が色々と信久さんに質問して解ったことは、やはり彼も蘇芳さんのお寺に勤めていることだけあって普通に視える人ということ、これから会う優心様とは同室であったこと。

 そして彼は同室であったにも係わらず、半年ほど一緒に寝食を共にしていたのに女性だとは全く気が付かなかったということだった。

 優心様が女性であると先日まで半信半疑だった私を知っていた多門は、ほらね、という視線をミラー越しに投げかけた。


 もう少しで鈴白寺が見えてくるころ。

 多門は一旦停車して、隣に声を掛けた。


「これから蜘蛛退治だからな、信久」


「えっ!?」


「覚悟しとけよ」


「ハッ!?」


 これまでお坊さん然として落ち着いた雰囲気だった信久さんが年相応の反応を見せて、多門を二度見してから私たちを振り返った。

 再び目を泳がせて多門を見て、前のめりに詰め寄った。

 シートベルトが一杯まで伸びている。


「冗談だろう!?」


「ほんとほんと。ヤバくなったらオレか次代を呼べよ? 前にも言ったけど助けを求めることは恥ずかしいことじゃないからな」


 多門と同じ年だという信久さんは、マジかよ~ぉと小さく呻いて車の天井に顔を向けた。

 その気持ち、よく解る。


「ただ憑りついてるだけっぽいから追い出せば終わりだよ。へーきへーき」


 軽口を叩いた多門が再び車を発進させてくすんだ白塀が見えてくると、つい先日緑林村の帰りに見かけたことのあるピンクの軽自動車が門の前に停まっていた。

 いつもピカピカに洗車している流子ちゃんの愛車である。


 五村では運転免許を取得すると高確率で自分の車を所有する。

 なにぶん田舎で公共機関の乗物は一時間に一本だけあるかないかのバスのみなので、村民の足として必需品なのだ。

 ちなみに子供たちはみんな自転車を与えられて、時々暴走族と化して爆走している集団を見かける。


 前方の軽自動車に眉間の皺を深くした玉彦は人差し指を使い頑張って解していたけれど、どんなに皺を解して冷静にと思っても警告を無視した流子ちゃんを前にしたら意味はなさないかもしれない。

 軽自動車の後方に付けるように停まった車から私たちが降りると、白塀から薄らと伸びた無数の蜘蛛の糸が軽自動車を包み込んでいた。

 糸を吐き出したぬしは見当たらず、すっと無言で伸ばした玉彦の指先が糸に触れると、瞬く間に白い靄が燃やし尽くした。


「まったく……まったく!」


 ここに多門と信久さんが居なければ子供みたいに地団駄を踏んだかもしれない玉彦は、多門よりも先に門を通った。

 軽自動車同様に門も既に糸で覆われていたけれど、玉彦が先を進むお陰で私たちに纏わりつくことは無い。

 辺りを見渡せば蜘蛛の糸は一晩でよくもこんなに吐き出したものだと感心するくらい、鈴白寺に張り巡らされていた。


「比和子ちゃん、比和子ちゃん」


 四方八方の蜘蛛の巣をとりあえず歩いて燃やしている玉彦は庭を歩き、門の入り口で大人しく待っていた私と信久さんに多門が手招きをする。


「何よ」


「あれ、あれ!」


 多門が楽しそうにお寺の脇にあった立派な楠を指差し、二人揃って見上げる。

 何の変哲もない楠に思えたけれど、よくよく見れば全ての糸はそこを中心に張り巡らされていた。


 もしかして……。


 ようく考えるのよ、私。


 このまま見ていちゃダメよ。


 だってこれだけの糸を吐き出せる蜘蛛ってどんだけの大きさなのよ。


 しかもあやかしと化してしまった絡新婦なんだから、普通の大きさなはずはない。


 日頃見かけることのある絡新婦だってそれなりの存在感がある大きさなんだから……。


 こういう時、自分の怖いもの見たさの性分が悔やまれる。


 私は見ちゃダメと思えば思うほど目を逸らすことが出来なくて、糸を揺らして燃やす玉彦を窺う様に楠の枝からのっそりと姿を現した黒駒程の大きさの絡新婦に卒倒しそうになり、信久さんに凭れ掛かった。




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