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お膳を抱えて台所へと向かう二人の後に続いて、私も一緒に歩く。
「それで優心様はこれからどこに行くの?」
「離島だって当主は言ってた」
「もしかして、哭之島?」
「名前までは知らない」
でも絶対に正武家に所縁のある離島といえば、哭之島である。
この哭之島。
海に浮かぶ、小さな小さな島で、とんでもない所だった。
私は数年前この島に今は亡き九条さんと共に訪れて、不本意ながら武者修行をさせられる羽目になったのだ。
足を止めた豹馬くんが苦々しい表情を浮かべて、私に嫌なことを思い出させるなと呟く。
「まぁ……確かにねぇ……」
「なになにー? そんなに面白いとこなの?」
話に乗って来た多門に私が口を開きかけると、豹馬くんが咳ばらいをして阻んだので、今度話をしてあげると約束をして台所へと入る。
「さっさと済ませるぞー。上守は邪魔だから部屋に戻れ」
「はーい」
半ば追い出されるように台所から出た私が部屋に戻れば、玉彦が午後もお役目があるというのにごろりと縁側で寝転び微睡んでいた。
私は休日のお父さんに飛びつくように背後から圧し掛かり、玉彦に呻き声を上げさせた。
「お役目前にお昼寝とは贅沢ね」
「午後の役目は父上が引き受けた。我らは鈴白寺に行く」
「そうなの。信久さんを連れて行くのね」
「左様。支度は早めに済ます様に」
玉彦の言葉に身体を離して顔を覗き込む。
支度を済ますようにって。
「私も一緒に行っても良いの?」
「父上からの指示である。俺も同意した」
「玉彦も?」
最近はいつにも増してお役目に関わるなと口を酸っぱくしてまで言っていたのにどういう風の吹き回しなんだろう。
不思議がる私が小袖から小紋に着替え始めれば、玉彦は横向きから仰向けに寝転び直して天井を見上げる。
「昨日、住職の口元を見たか?」
「え?」
「ひゅるりと一本、口から蜘蛛の足が覗いていた」
「冗談、でしょ……?」
口から蜘蛛の足って。
流子ちゃんの話を聞いていたから、鈴白寺の蜘蛛と言えば私の中では絡新婦に固定されていて、老住職の口元から出ている蜘蛛の足は黄と黒の毒々しく長いものを想像させた。
「ここって蜘蛛を食べる習慣が……」
「あるはずないだろう。一度でも膳に蜘蛛が上がったことがあったか」
「だよね。ですよね。そうだよね!?」
素早く着替えて玉彦の元に滑り込んで座れば、気怠く起き上がって私と同じ高さの目線に落ち着く。
「でも玉彦が視えてたっておかしくない?」
「寺に入る前に比和子の手を握った覚えはある。しかし今まではそれだけでは視えなかったのだが」
そうなのである。
基本的に禍が目の前にいて私を介して視えたものは離れてしまっても視える。
今回は禍が視えていなかった状態で触れて視えている。
「もしかして玉彦も視えるようになったとか!?」
「それは無い」
「どうして言い切れるのよ」
「先程御倉神が父上の母屋の台所に現れていたようだが、俺には視えなかった」
御倉神と澄彦さんの間で交わされた約束は今も健在で、二日に一度か三日に一度、御倉神は揚げを南天さんに供えてもらって食べに来ている。
今日はその日だったのね。
南天さんには視えていたけど、玉彦には視えなかった。
浮いた揚げが奇妙だったと玉彦は感想を言った。
「それじゃあ……どういうこと?」
「恐らく車内から見える範囲に既に居たのだろう。小さい蜘蛛だ。視界に入っていてもおかしくはない」
「でもあの時、全然変な感じが無かったわよ?」
「弱小過ぎるが故に我らには気付けなかったのだろう。気配に気付けぬならば視て気付くしかあるまい」
「そこで私の出番ってわけね!」
不本意ながら、と顔を顰めた玉彦に私も顔を顰める。
違う理由で。
「でも玉彦には蜘蛛の足が視えたのに、私には視えなかったってどういうこと? 多門は視えてたの?」
「そこが分からぬのだ。多門は何か口から出ていたが、夕餉のひじきか刻んだ海苔が付いていると思ったようである」
「多門……」
ひじきと蜘蛛の足の区別がつかないってどういうことよ。
流石に住職様だって人前に出るなら口くらい拭ってから来るわよ。
やっぱり御守りを買いに行く時のお役目には札を持たせた方が良いのかもしれない。




