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信久さんを裏門に送り届け、出迎えた那奈に預け、再び石段の掃き掃除に戻った私は色々と考える。
昨日優心様の話題が出てから、蘇芳さんの動きが早すぎる。
きっと信久さんは優心様に関する何かで蘇芳さんの指示を受け、正武家を訪れたはず。
これ以上、首を突っ込むのはやめようと思っていたのに、私は動き始めた物事にどうしても反応してしまう。
人を殺めたという優心様を正武家はどうするつもりなのだろう。
まさか警察に引き渡さず、内々に処分を下すのだろうか。
でもそれって民間人が勝手に判断してはいけないことだと思う。
藍染村に絡繰屋敷があったように昔なら隔離された村で隠蔽出来たことでも、現代は無理だと思う。
人が一人殺されたことで警察も動いて……動いているのだろうか?
もしかしてまた正武家の特殊な立ち位置のせいで、警察は介入できていない?
お役目に関することなら十分に考えられる。
考えられるけれど、それはダメじゃないだろうか。
普通に考えてダメだけどそれをしてしまっている手前、もしかして玉彦は私に黙っていた?
私が騒ぎだすから。
でも教えてくれたのは玉彦だ。
「うーん……」
考えつつ掃き掃除をしていたら私はいつの間にか石段を降りて、道路まで掃き始めていた。
昼餉の席。
澄彦さんは全く話し出さなかった。
なので正武家の奇妙なお約束通り、静かに箸を進めて会話は無い。
信久さんが訪れたことについて澄彦さんが語りたくないと無言を貫くのは予想していた。
そして澄彦さんは箸を置くと玉彦に声を掛けて、二人で早々に席を立つ。
私は蚊帳の外で、一人で食後のお茶を啜る。
お膳を下げに現れた多門に縁側の襖を開けるように言って、溜息一つ。
「蘇芳の寺から来た信久。優心に荷物を持って来たんだ」
聞いてもいないのに多門はお膳を重ねつつ、外を眺めていた私に教えてくれた。
「今さら荷物? 宅配で届ければ良かったのに」
「宅配で届けられないものもあったから」
「何?」
「比和子ちゃんがオレの荷物に勝手に入れた次代の紫の札」
「あっ……。あ~……。御札ね。あれ、どこにいったのかなーって思ってたのよね」
蘇芳さんの御指名で多門が呼ばれた時。
私は念の為、勝手に多門の荷物に玉彦の血で書かれた特殊な紫の御札を忍ばせておいた。
多門に言っても素直に持って行かないだろうし、強硬手段に出たのだ。
だって心配だったんだもん。
勝手に荷物に触ったこと、余計な心配をして御札を忍ばせておいたことに多少の後ろめたさがあった私は、湯呑みを揺らして俯く。
一人前の稀人に対して私が心配して御札を持たせたことは、多門にとって失礼なことだ。
そんなに信用が無いのかと怒り出すことを覚悟していたら、多門は重ねたお膳を襖の前に置いて、私の隣に座った。
「知ってた? あの札って、敵意を持ったヤツから見ればすげぇのが出てるらしいよ」
「すげぇの?」
「ぶわーって黒いやつ。次代の札なのに。お陰で蘇芳の寺の奴らビビってた」
ニヤリと笑った多門につられて私も笑う。
どうやらもう怒ってはいないようだ。
「オレの役には立たなかったけど、信久は護ることが出来たよ。たぶん札がなかったら信久は即身窟から外に出られなかったからさ」
「そっか。良かったわ」
「……やっぱり比和子ちゃんの仕業か」
「……すみません」
苦笑いを浮かべた私に多門は片頬を膨らませて何かを言いたげだったけれど口にはしなかった。
「信久さんはもう帰られるの?」
話題を切り替えた私にちょっとだけ考えた多門は首を横に振った。
「これから優心に会いに行くって。たぶん、最後になるだろうから」
「最後……」
「優心は明日、五村から出る。どっか遠くに行く」
「刑務所?」
「裁判も何もしてないのにどうして刑務所なんだよっ。ていうか、知ってるの?」
多門の知ってるの? とは優心様が犯した罪についてだろう。
私はゆっくりと頷き、玉彦から人を殺めたとだけ聞いていると言えば、多門はふと視線を下げた。
「色々あってさ。ほんと色々。優心はきっともう『あの時』には正気じゃなかった。魅入られて囚われてた。だから欲しくなって、どうしようもなく欲しくなってしまって、人を害してまで手に入れたんだ」
「何を手に入れたの?」
「普通の人間の手には過ぎるもの。正武家の赦しなく手にすれば人を狂わせるもの。優心に害されたヤツもきっと自分でも気付けないまま狂ってた」
「それってもしかして……」
蘇芳さんが多門を指名した理由。
正武家の赦しがなければ手に出来ないもの。
かちりと填まった様々な出来事。
私は隣の多門の肩に頭を乗せて身を寄せる。
「おかえり、多門。お疲れ様」
「今さらなに言ってんの? ……ただいま。御守り、買ってくるの忘れてごめんね」
「そんなの今からでも買ってきてくれればいいのよ」
「……今度、外の役目の時に買ってくるよ。札は入れないでよ?」
「……うん」
帰宅した玉彦の髪が短くなっていた理由を考えれば、ここで多門に全てを語らせる必要はない。
多門が言う様に色々とあったのだろう。色々と。
しばらく肩を寄せ合っていると台所で洗い物のスタンバイをしていた豹馬くんが遅いと怒りながら足音をさせてやって来たので、私たちはそっと離れた。