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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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9



 離れの地下の書庫にあるはずの、最近の玉彦の顛末記はやはり無かった。


 私に読ませたくない何かが記されているのは容易に想像できる。

 死人が出てしまったお役目なら目に触れさせたくないと玉彦たちが考えるのも仕方ない。

 でも玉彦は話の流れからもう伏せておくことは出来ないと判断をして私に教えてくれた。


 書庫から母屋へと黒駒を連れて戻り、私は玄関へ向かって箒を手に取る。


 私を気遣って教えなかった玉彦たちの思いを考えるなら、これ以上は優心様の事について踏み込むのはやめた方が良いのかもしれない。

 顛末記を探すのはもうやめよう。

 秀子さんと流子ちゃんの話になっても優心様の話題には触れないようにしよう。


「よしっ」


 一人で箒を握って気合を入れ直し、いつも通り石段の下の段に陣取る黒駒と一緒に掃き掃除に勤しむ。

 今日は肌寒いけれど晴天で、秋晴れの空に蜻蛉が飛んでいる。

 そう言えば蜻蛉塚ってまだあの場所にあるのだろうか。

 偶数代の玉彦に見つけられてしまったから移動したのかな。

 お腹の中の子どもは澄彦さんと同じ奇数代の当主になるけれど、奇数代の当主は何を探すことになるのかな。

 代々偶数代奇数代の当主それぞれが孫に言い伝えるそうで、玉彦ですら奇数代の当主が何を探すのかは知らないらしい。


「危険なものじゃなければいいわよねー」


 石段の中腹で腰を下ろしてお腹を撫でる。

 最近ようやくふっくらしてきたので、ここにいるよ、と子どもたちが主張しているようで嬉しい。

 もう少しすればお腹を蹴ったりするのかな。

 でも二人一緒に蹴られたら私は寝込むかもしれない。


 私の太腿に頭を乗せて一緒に休憩していた黒駒を撫でていると、耳だけが前後に動いて凛々しく立ち上がる。


「どうしたの?」


 黒駒が視線を段下へと向かわせ、私もつられて見ると黒い人が何かを抱えて石段を上がってくるのが見えた。

 黒い人といっても禍の様に黒い靄を纏っているのではなく、服装が黒いだけ。

 目を凝らせてよくよく見ればその人は剃髪した男性で、袈裟を掛けていないお坊さんだった。


 蘇芳さんなら石段からは訪れない。

 なぜならこの先にある表門は通れないと知っているから。


 このままこちらへ来ても引き返すことになるので、私は箒を手に石段を下りる。

 一応ね、須藤くんの件があったから自衛の為に武器になりそうなものは持って行くわけよ。


 私よりも先に下りて行った黒駒がお坊さんの足元で尻尾を振って足止めをすると、彼はようやく下を向いていた顔を上げた。

 剃髪だから判断しづらいけれど、まだ若いお坊さんで、体格がそこそこ良さげで眉が凛々しい。

 彼は両手に紫色の風呂敷を抱えながら私を見止めると、ほっとしたように微笑んだ。


「おはようございます」


「おはようございます」


 挨拶から会話を始めたお坊さんはきっと悪い人ではない。

 この前私が遭遇した須藤くんの元カノは挨拶もなく手を振り上げたもの。


「こちらは正武家様のお屋敷で間違いはないでしょうか」


「はい。正武家の屋敷です。でもすみません。こちらからは入られないんです」


「そう、なのですか」


 お坊さんは後方を振り返って肩を落とす。

 せっかく石段を上ってきたのに申し訳ない。


 というかこのお坊さん。どこから来たんだろう。

 車で来たなら山道を上れば良いけれど、石段の灯篭の前にそれらしきものは無い。

 タクシーで来たなら掃き掃除をしていた私でも気が付いたはず。

 それにタクシーなら正武家屋敷までと言えば、山の上まで連れて行ってくれる。


「あの。ここを上がって塀伝いに回っていただくことも出来ますけど」


「ではそうさせていただきます。教えていただき、ありがとうございます」


 風呂敷を抱え直したお坊さんは黒駒に微笑んでから上り始めたので、私は彼と同じ高さになってから一緒に上る。

 彼は私を見てふと視線を下に向け、いつもよりお腹を抱えるようにしていた小袖の帯を見る。


「……比和子ちゃん?」


「えっ!?」


 名乗ってもいないのに突然名前を親し気に小さく呼ばれた私は後ずさる。

 するとお坊さんは苦笑いをして、すみませんと謝った。


「申し遅れました。わたくし、蘇芳様と同じ寺の信久しんきゅうと申します。以前、多門と」


「あっ、ああぁ、そういうことですか。びっくりした。正武家比和子です」


 遅ればせながらお互いの自己紹介をして、石段で頭を下げあう。

 そっか。多門経由だから私を比和子ちゃんと呼んだのか。

 だから黒駒もそんなに警戒をしていないのか。


「今日は蘇芳さんの?」


「えぇ。蘇芳様からこちらへ行くようにと」


 信久さんは私にそれだけ言って微笑んだ。




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