8
お屋敷に戻り、夕餉の支度をしている豹馬くんと須藤くんの背中を眺めつつ、玉彦と私と多門はダイニングテーブルに座っていた。
多門が私に蘇芳さんのところでの事案を説明してくれるということでお部屋で話をせず、なぜか台所になった。
私はこういう流れをよく知っている。
多門が何か私に言ってはいけないことを口にした場合、三人がすかさずフォローに入るためである。
それか玉彦の言葉足らずを誰かが補足する場合。
今回はどちらかというと前者に当て嵌まる気がする。
口が達者な多門が説明するのだから、玉彦に出番はない。
「それで、どうして優心様が男のフリして蘇芳さんのとこにいたのよ」
そう私が話し始めると、包丁を持ったままの豹馬くんとお鍋の蓋を持ち上げていた須藤くんが同時に振り返った。
この反応を見るに、やはり二人は知っていて、隠していたはずの私にとうとう知られてしまったのか、という表情を見せた。
「蘇芳のとこみたいな寺ってあんまりないわけ。で、憑依体質の優心の親も坊さんなんだけど、蘇芳の寺は男しか入れないし、男のフリして入らせた。それだけ」
簡潔に事実と思われることだけを私に告げた多門は、きっと運転しながら私にどう説明するのか考えていたに違いない。
当たり障りのない事情にも思うけれど、何だか納得出来かねる。
娘を男ばかりのお寺に普通入れるだろうか。
しかも性別を偽ってまで。
偽らなければ入れなかったのだろうけど、家がお寺ならそこで尼僧として働いている方が余程納得できる。
「ねぇ。本当に女の人なの? 結局お会い出来なかったから全然信用できないんですけど。そもそも」
「明日、会いに行けばいいじゃん?」
「だって明日はお役目ぎっしりでしょう」
私はまだ一人での外出は禁止だし、出掛ける時には玉彦も一緒に行くと宣言している。
玉彦のお役目が終わるのが夕方だとすれば今日みたく優心様が眠ってしまっている可能性が高い。
「そもそもって比和子ちゃんは言うけど、オレからすればそもそも比和子ちゃんが優心に会う必要ってないと思うんだよね」
多門の不意の反撃に私が止まれば、玉彦も豹馬くんの後頭部もうんうんと頷く。
「だって流子ちゃんの」
「流子は関係ないだろ? 放って置けばいいんだよ。どうして次代の奥方様が一村民の色恋沙汰に首を突っ込んでお世話しなきゃいけないの? 次代の従兄妹っていってもタダの村民だろ。これが正武家のお役目に関することならオレだって惜しまず動くけど、比和子ちゃんの興味本位の行動に付き合うのは勘弁。お役目関連で当主次代が療養が必要と判断した優心にちょっかいを出す比和子ちゃんは間違ってると思うね」
ぐうの音も出ないほど本心を言い当てられ、しかも正武家次代の奥方としての行いを咎められた私は何も言えなかった。
翌朝。
お役目前に玉彦が私のスマホから秀子さんに連絡を入れて、優心様は現在療養中で出来るだけ人との関わり合いを避けている旨を伝え、正武家の名を出して今後流子ちゃんに接触させないようにと念を押していた。
横で会話を聞いていた私の耳に、畏まった秀子さんの声が届き、正武家様のお仕事に関わることならばと了承したのが聞こえた。
通話が終わり、スマホを私に手渡した玉彦はそっと私の髪を撫でる。
「これで良かったと思わぬか?」
「なにが」
「優心が女性と知って流子が勘違いをして女性に恋をしたと笑い話になるよりも、正武家に恋を潰されたとされた方が俺は良いと思う」
「……あえて憎まれ役を買って出たってこと?」
「そうなる。俺としても流子が憎い訳ではない。今は」
幼い頃から続く犬猿の仲だけれど最近になってようやく流子ちゃんの気持ちを理解した玉彦なりの優しさなのだろう。
確かに優心様が女性だって伝えて諦めさせる必要はどこにもない。
淡い恋のまま終わらせた方が良いこともある。
だがしかし。
本当に優心様が女性なのか私はまだ疑っている。
知らなくて良いこともある、というのは正武家ではよく聞く言葉で、私もそれに騙されているんじゃないかと疑っている。
そんな私の考えなどお見通しの玉彦は苦笑いをして頭をぽんぽんと叩く。
「優心は女性故、憑依体質に拍車が掛かった。東北のイタコを知っているだろう。女性にはそういう類の能力が発現しやすいのだ。優心は現在落ち着いてはいるが、いつ何に憑依されるか不安定な状態にある」
「不安定な状態?」
「即身窟にて幾度も幾度も憑依され、自身の心を見失っていた。心を失っている身体に何かが入り込んでしまう恐れがある」
「だったら正武家屋敷に居た方が安全だったんじゃないの?」
「一理ある。が、それは出来ぬ」
「どうして」
「優心は……理由はあれど人を殺めた。屋敷に長居させれば五村の意志が正武家の身近にその様な者が居ることを良しとせず、動く」
「……人を、殺した?」
思ってもいなかった事態に私の頭は混乱する。
人を殺したって、どういうこと。
なのにどうして警察にも逮捕されず、正武家が保護している形になっているの。
「玉彦……。正武家は優心様をどうするつもりなの?」
「……成る様に成るのであろう」
「それって答えになってな……!」
「次代。お迎えに上がりました」
立ち話をしていた私たちの会話を遮るように襖の向こうから豹馬くんの声掛けがあり、玉彦はお役目へと向かう。
残された私は無意識にお腹を撫でた。




