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嘘を肯定する様に目を泳がせた多門に私は不信感が一杯だ。
玉彦も多門も、お屋敷にいる澄彦さんですら優心様に誰かが関わることを良しとしていない。
聞いてはいないけれどきっと他の稀人たちも同じ見解なのだろう。
お役目に関わる何かがあるのだな、とは思うけれど既に蘇芳さんからもたらされた事案は解決していて隠す必要がどこにあるのか。
こんなことなら気を遣わずに玉彦の顛末記を読んでから来るべきだった。
でも最近の玉彦の顛末記はどこへ行ってしまったのか地下の書庫には無かった。
これもこれで怪しさ満載だ。
ふうっと一息ついて、私は隣の玉彦の膝に手を乗せる。
「玉彦がこの件について前向きではないことは良く解かったわ」
「そうか。解ってくれたか」
「でもそんなの関係ないから」
ほっと安堵の表情を浮かべた玉彦の顔が強張る。
「だってこればっかりは二人の気持ち次第でしょ。もし二人が良い感じになれば他の人がダメだっていうのは野暮ってものよ」
「しかし……」
「しかしもかかしもないわよ。ともかく玉彦にはもうなんにも聞かないから口も挿まないで」
目を見開く玉彦に僅かに背を向けて、私はテーブルの向こうの二人と頷き合う。
優心様の情報を正武家から入手することは諦めよう、と無言の同意だ。
そうとなれば私たちが取るべき道は一つ。
本人とお話することである。
と、その前に流子ちゃんの気持ちを確かめなくてはならない。
「次代、ここまで来たら言った方が良いとオレは思う……」
「そうだな……。比和子」
次の作戦に移ろうとしていた私たちに玉彦と多門はこそこそ相談してから居住まいを正して見渡す。
「優心は」
「優心様は?」
三人で玉彦に注目すれば僅かに唇を開いて止まる。
「優心様は何なのよ」
「優心は……お……」
「お?」
お寺の?
「お」
「ただいまー! 外に車停まってるけど比和子様来てるのー?」
バタバタと足音をさせて仕事から帰って来た流子ちゃんが茶の間に駆け込む。
そして『お』の形のまま口を固まらせていた玉彦は流子ちゃんを見て。
「お、おかえり……」
「えっ!? ……ただいま」
玉彦が家に居ることに驚いて、しかもおかえりと言われた流子ちゃんは素で返事を返した。
玉彦が来ていることに遠慮なく鼻の上に皺を寄せた流子ちゃんは二階へ行ってそのまま戻って来ないのかと思いきや、バックだけ置いて陽子さんの隣に座った。
「お忙しい稀人様まで連れ出してお暇な次代様は何しに来たの? 比和子様、ようこそー!」
「あ、うん」
何しに来たのと言われた玉彦は言い返すこともせずに真っ暗な画面のテレビに視線を流す。
普段ならここで既に言い合い合戦が始まるけれど、玉彦はぐっと堪えて大人な対応を見せた。
二十も過ぎてようやく成長した様である。
流子ちゃんはテーブルの下に置かれていた急須を手に取り、さささっと自分のお茶を淹れる。
その所作は流れるように綺麗で慣れた手つき。
一応高校生までは不本意ながら次代の花嫁候補として家では花嫁修業をしていたそうで、こういった所作の基本は叩き込まれている。
今さらながら私も見習わなきゃなぁと思う。
玉彦が大学で五村を離れていた四年間は花嫁修業ではなく、九条さんの元で神守修行をしていたので次代の嫁としての行いについてぽっかりと抜け落ちているのは自覚していた。
それでも私なりに努力はしていて色々とやっているつもりだが、何せ玉彦の稀人の人数に余裕があるので大体は彼らが私よりも手際よく調えてしまう。
でも五年後。
彼らは一時正武家を離れてしまうから、それまでお任せしていたことを私がしっかりしなくてはならない。
そう考えると案外、この妊娠期間は自分のスキルアップに持ってこいの時間なのかもしれなかった。
そんなことを考えつつ、流子ちゃんを交えて女四人で話をしていれば、陽子さんがお寺の話題を振る。
絶妙なタイミングに私はテーブルの下で拳を握った。
「お寺に素敵な御坊様がいらしたって聞いたけど。どうなの、流子ちゃん!」
ニヤニヤを抑えられずに流子ちゃんに聞くと、彼女は祖母と母親を恨めし気に見てから全てを悟ったようで肩の力を抜く。
「格好良いとかそんなんじゃなくて。人として素敵な方だなって思っただけ」
「それって重要。かなり重要。人として尊敬できないと好きになれないもん!」
私が意気込めば流子ちゃんは玉彦を見てそれから私を見る。
言いたいことは分かる。
コイツを人として私は尊敬しているのかと。
でも今はそれについて説明する時ではない。
「素敵だなって思った瞬間があったってことね?」
陽子さんが聞くと流子ちゃんはちょっとだけ口元を綻ばせた。
「庭の木に蜘蛛の巣があって。落ちた絡新婦をね、両手で掬って戻してあげてたの。普通なら巣を壊して蜘蛛は踏みつぶしちゃうでしょ、うちの男連中は」
じょ、絡新婦を素手で……。
流子ちゃんの感覚は何かずれているんじゃないかと思いきや、秀子さんも陽子さんも引いている様子はないので、私がずれているのか。
そう思って隣の玉彦を見れば、多門も一緒になって眉間に皺をよせていた。




