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私がお屋敷から出歩く時には自分も絶対に一緒に行くと言っていた玉彦は、言葉通りに午後のお役目を澄彦さんに押し付け、お供に多門を任命した。
なぜに多門なのか、こういう時は須藤くんの方が適任なのにと私が言えば、玉彦と多門は意味あり気に視線を交わして私の疑問には答えなかった。
黒柿色の着物の玉彦に合わせて私も秋っぽい狐色の着物を着付けて、運転席に多門が座る車に乗り込む。
「マジで緑林に行くの?」
「行くわよ? 何よ、文句あるの?」
「あるっていうか、なんつーか。……行くの?」
いつもならお出掛けに乗り気の多門が今日に限って渋る。
玉彦も不承不承だ。
結局澄彦さんからは御坊様が跡継ぎなのかどうか蘇芳さんに聞いても貰えなかったので、とりあえず流子ちゃんがこの件に前向きと確認が取れてからでも遅くはないと私は考えて行動に移したのだ。
流子ちゃんがそうだったら、次に御坊様に話を聞いてみなくては、と仲人よろしく私が張り切っていると、玉彦と多門は静かに目を閉じた。
「どうしてそんなにやる気がないのよ」
「だって他人の恋路なんて関わるだけ無駄だって。どうせ無理なんだから」
「玉彦も多門も無理だって言うけど、絶対に無理って言い切れないのが恋愛よ!」
「まぁ……普通は言い切れないけど。でも……」
玉彦同様口籠る多門を睨めば再び渋々言いながら発進する。
あれよね。男の人っていうのは他人の恋愛に興味がないのよね。
流れゆく五村の紅葉を眺めながら私は仲人を買って出るおばさんたちの気持ちが良く解かる。
自分はもう夫がいるけどこれから若い二人を巡り合わせて恋愛を外野から眺めているだけでもときめく。
疑似恋愛やドラマを観る感覚に近いかもしれない。
そしてそのドラマに自分がちょこっと、恋のキューピットとして関われるのだ。
退屈が溢れる五村でこんな楽しい気持ちになれるだなんて素晴らしい、と私は思っていた。
しかしそうは問屋が卸さないのが五村だった。
緑林村の冴島邸は、大きい。
私のお祖父ちゃんの一般家庭の日本家屋を横にだだっ広くさせて、昔は今よりも盛んだった林業従事者の若い人達が住み込みで働いていたそうだ。
現在は二世帯と弟子三人が住んでいる。
私たちが到着すると、男手は出払っており秀子さんと陽子さんが揃って出迎えてくれる。
ちなみに流子ちゃんは緑林村の役場の受付でお仕事中だ。
どうぞどうぞと中に招き入れてもらい、玉彦と私、そして多門が座れば即座にお茶とお菓子が並べられる。
すでに秀子さんと陽子さんは本日私たちが来た理由は承知しているので、前置き無しに二人はそれでっ! と玉彦に迫った。
ついでに私も迫った。
女性陣に迫られた玉彦は僅かに身を引きながら目を伏せる。
「優心は御仏に仕える身ゆえ、そのような俗世の物事に関わることは禁ずる、と本来務める先の住職から言付かっている」
いつの間に蘇芳さんに確認を取ったのか疑問だけれど、玉彦の尤もらしい言葉に私たちからブーイングの嵐が巻き起こった。
「俗世の物事って、蘇芳さん、普通にお酒呑んだりピアス開けてるじゃないの! 自分は良いのに優心様は駄目なの!?」
「今どき結婚してる御坊様は山ほどいるでしょうに」
「髪を伸ばしている御坊様もいるわよねぇ、お母さん?」
口々に蘇芳さんの代理を務めた玉彦へ文句を言えば、手にしていた湯呑みをテーブルに置く。
「修行の身である優心を惑わすのは不届き千万。そう父上も仰っていた」
「なーにが不届き千万よ。澄彦さんだって不届き千万なことよくやってるじゃないの!」
「まぁ……澄彦様はねぇ。してるわよねぇ。嫁入り前の娘の部屋に窓から入り込まれたくらいだし」
「次代様という修行中の身でいらしたのに。道彦様に内緒にしてって言うから内緒にしていたけど、忘れちゃったのかしら」
女性陣の猛攻に閉口気味になった玉彦に多門がここぞとばかりに援護に入る。
どんだけ私たちと御坊様を会わせたくないのよ。
「優心は回復したらもう行き先は決まってる。今から変更するのは正武家の信用に関わる。三人は正武家を失墜させたいの?」
「そんな大袈裟なことじゃないでしょ。それに行き先ってどこよ」
「どこって……どっか遠く」
「あんた今さらっと私に嘘吐いたでしょ。騙されないわよ」




