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「もしもし。おはようございます。比和子です」
「おはようございます。お変わりないようでなによりですー」
スマホの向こうの秀子さんの声はハキハキと明るく、さすが緑林村の杣人の棟梁の家を仕切る奥さんだなぁと思う。
冴島一家は陽子さんに婿を迎えて続いており、一人娘の流子ちゃんもいつかは婿取りをするそうだけれど、本人はまだ恋愛とか面倒臭いと言っている。
「そう言えば、でメールが途切れちゃったので心配してました」
そう私が笑えば秀子さんはやはり文字をちまちま打つのが面倒になったと同じく笑う。
「そう言えばね、鈴白村にお寺があるでしょう?」
「お寺ですか? 鈴白寺なら知ってますけど」
「そうそう。そこの鈴白寺に最近とっても素敵な御坊様が修行に来てるの知ってる?」
「修行ですか? うーん。あぁ、もしかして優心さんという御坊様ですかね?」
蘇芳さんのお寺の御坊様が身体を休める為に鈴白寺に居を移していたけれど、まだ居たのね。
澄彦さんや玉彦から全くその後の話を聞いていなかった私はすっかり彼の存在を忘れていた。
「どこかのお寺さんの跡継ぎさんなのかしらね?」
「さぁ……私は詳しく知らないですねー」
「そうなのね……。玉彦様ならご存知かしら」
「玉彦もそこまでは知らないんじゃないかと。知ってそうな人に聞いてみます?」
澄彦さんから蘇芳さんか本人に聞いてもらえば良いだろうけど、どうして秀子さんが知りたがっているのか不思議に思った私は首を傾げた。
緑林村のお寺ではなく鈴白村のお寺で、しかも修行僧に秀子さんが何の用事が、とここまで考えて跡継ぎというキーワードに私はまさかと胸がときめいた。
「もしかして流子ちゃんのお相手、ですか!?」
「あらっ。あらあらあらあらっ! まだね、そんな感じじゃないのよ? でもね、先月流子がお友達と鈴白寺のお茶会に参加して素敵な御坊様だったっていうものだから! 私も気になっちゃって!」
「うわぁ! それは私も気になる!」
そんなに素敵な御坊様だったなら正武家屋敷に滞在している間に一度お目に掛かりたかった!
きっと玉彦はそんなミーハーな私に対面させるのを良しとせず、会わせてくれなかったに違いない。
流子ちゃんは山男のお父さんのような男性ではなく、もっと普通の、むしろ華奢な男性が好みだと言っていたのでこれは期待が持てる。持てまくる。
それから私は秀子さんと御坊様の話で盛り上がり、昼餉の席で澄彦さんに必ず、必ず聞くと約束をして電話を切った。
しかし、である。
昼餉が終わり、お茶をいただいている時に私が澄彦さんと玉彦にその話をすれば二人は同時に固まり顔を曇らせてしまった。
「比和子ちゃん」
「はい?」
「お坊さんに林業は無理だと思うよ」
溜息と共に澄彦さんは言って、玉彦も深々と頷いた。
言われてみれば御坊様が肉体労働へと職を変えると大変そうである。
「しかも流子の一方的な想いであり、上手く行くとは到底思えぬ。いや、絶対に無理である」
流子ちゃんに関することに玉彦が前向きな意見を述べることはないのを差し引いても、確かに相手の気持ちもある訳で、しかもまだ秀子さんがそう感じただけだから流子ちゃんが御坊様と結婚したいって考えているかもわからない。
むしろ好きかどうかも分からない。
「そっか。そうよね。わかった。じゃあ午後から秀子さんのとこに行ってくる。私が流子ちゃんと話をしてくる」
「えっ!? 比和子ちゃん、それはちょっと……」
「無理なのだから行く必要もないであろう」
「どうして無理って決めつけるのよ。ちょっとは協力してあげようとか思わないの?」
「協力も何も……。橋渡しをしないことが協力だと俺は……」
珍しく口籠る玉彦を横目に、とにかく午後から私は緑林村へ行くから! と二人に宣言をした。




