第五章『絡新婦《じょろうぐも》の恋』
最近、少しだけ下腹部が膨らんできた。ような気がしなくもない晩秋。
本当に双子がいるのか、きちんと育っているのか、無茶をし過ぎて子どもたちが窒息しているのではないかと玉彦があまりにもしつこく心配するので昨日は病院できちんと検診してもらい、帰って来てからは竹婆にも診てもらって何も問題は無いと太鼓判を押してもらった。
私は最近、玉彦の祖母である秀子さんとよくメールでやり取りをしている。
秀子さんは玉彦のお母さん、月子さんのお母さんで、双子姉妹を産んだ方である。
ちなみに月子さんの妹は陽子さんといって、双子ではなく一女を儲けており、玉彦よりも二つ下の従姉妹は流子ちゃんという。
この流子ちゃんは冴島家の良いところばかりを外見上遺伝子し、かなりの美人さん。
玉彦の涼し気な目元は月子さん由来で、タレ目気味な澄彦さんの血は残念ながら感じられない。
背格好は澄彦さん由来だけれど、本人は認めたがらず、道彦爺様由来だと言い張っている。
水彦は小柄な方なので、言われてみればそうだけれど。
で、流子ちゃんである。
彼女は玉彦とよく似た涼し気な目元の左目の下に小さな黒子があり美人度を上げている。
若い頃の双子姉妹とよく似ているそうで、緑林村では右に出る者なしと言われていた。
そんな流子ちゃん。
実は玉彦の花嫁候補だった。
従兄妹だから法律的には問題はなかったけれど、問題は違うところにあり私が居なくても絶対に破談になる定めにあった。
なぜならば、玉彦と流子ちゃんは親戚一同、あの澄彦さんですら出来るだけ二人の顔を合わせないように細心の注意を払う程の犬猿の仲なのである。
お陰で親戚が緑林村に居たというのに、正武家と冴島一家は出来るだけ距離を置くのが暗黙の了解になっていて、私は玉彦に親戚がいるということすら知らされていなかった。
私が彼女の存在を知ったのは、高校三年生の時。
流子ちゃんが新入生として美山高校に入学し、一年生にえらく別嬪な子がいると聞いて。
その時に名前は一度那奈から聞いてはいたものの、玉彦により私の周囲では絶対に流子ちゃんの話題は避けるようにとお達しがあり、そして接触もさせるなと厳命が下っていたそうで、私はのほほんと学校生活を送っていた。
この時にきちんと紹介を受けてさえいれば、玉彦の母方の姓が冴島であると知ることもでき、数年後の勘違いも起こらなかったはずである。玉彦め。
そんなわけで私と流子ちゃんの邂逅は、祝言の席だった。
さすがに犬猿の仲といえども親戚、しかも従兄妹で正武家様の惣領息子の祝言となれば彼女も出席しなくてはならず、玉彦もまた彼女を招待せざるを得なかった。
誰しもがお祝いに浮かれていた中、私が知らないところで正武家関係者と冴島一家は戦々恐々としていたそうだ。
そんなことになっているとは露知らず、私は玉彦のお母さんである月子さんと対面し、感極まって号泣した彼女を澄彦さんが優しく肩を抱いて連れて行くのを座ったまま眺めていたら、さっきまで号泣していたはずの月子さんがニコニコと少しだけふくよかになった姿で、しかもお年頃の女の子を連れて再登場したものだから目が丸くなった。
「え? え?」
二度目のお色直しでようやく派手な打掛から解放されて、やっと食事に手を付けようとしていた私の手が止まる。
隣の玉彦は祝言の席では常に笑みを湛えていたのに、すっと無表情でどちらかというと憮然とした感じになりその落差の激しさに増々ギョッとする。
「え、なに? なに?」
私たちの後ろで挨拶に来てくれた人がどういう人なのか常に耳元で教えてくれていた南天さんですら固まってしまい、私は一瞬あやかしが紛れてしまったのかとそんなことを思ってしまった。
正武家のお屋敷でそんなことが起こるはずはなく、そもそもこんだけあやかしにとって不穏な人間たちが集まっている席に彼らが好き好んでくるはずはないのに。
挙動不審になっていた私の前に女の子が座り、玉彦の前には月子さんに激似の女性が腰を下ろす。
そして彼女は玉彦にお酌をしながら微笑んだ。
「おめでとうございます。玉彦様」
「ありがとう……」
なぜか気まずそうな玉彦は注がれたお酒をグイッと呑み干し、南天さんがそっと私に囁く。
「月子様の双子の妹様で陽子様と、一人娘の流子様です」
「ふっ!? いも!?」
振り返った私に意味深に苦笑いを浮かべた南天さんは浮かせていた腰を沈めた。
双子の妹と聞かされた衝撃以前に玉彦に親戚、しかも年齢が近い従兄妹がいたことすら知らなかった私は慌てて居住まいを正す。
正武家のお屋敷に住み込みをして数年。
彼らの親戚に一度も会ったことのなかった私は酷く緊張をして、流子ちゃんから受けるジュースのコップは小刻みに震えた。
玉彦には一切目もくれず、むしろ存在なんてしていないような扱いをしている流子ちゃんはそんな私に微笑んだ。
「この度はご結婚おめでとうございます。本当におめでとうございます。相手がこの唐変木で朴念仁の見目が良いだけが取り柄で我儘放題、踏ん反り返って偉そうなことばかり言う男じゃなければもっと喜ばしいことだったのですけれど」
祝いの席で晴れて夫となった玉彦のことを悪し様に正面切って言われた私は反射的に注がれたジュースを脇に置いていた空っぽのバケツに引っくり返した。
私にお祝いで頂いた盃は全部ジュースだから出来るだけ全部頂こうと思っていたけれど、さすがにこの子の盃を受けてはいけない気がしたのだ。
この行動に驚いたのはその場にいた全員で、当の私も驚いた。
そして自分の口から出た冷たい口調の言葉にもっと驚いた。
「祝う気がないのであればお帰り頂いて結構。私の夫をこのような席で当然の顔で貶すような方の盃をいただく道理はございません。たとえ親戚の方の冗談だったとしても、何か夫に思うところがあったとしてもTPOはわきまえるべきです」
確かに玉彦は彼女の言う通りの人物で否定できないのが悲しいところだけれどそればかりじゃないし、流石に初対面の花嫁の私、しかも祝言の席でして良い発言ではない。
ぴしゃりと言った私にお屋敷の大広間が静まり返り、ヤバいと思った矢先、空気をまるで読まずに両手に徳利をぶら下げて出来上がった鈴木くんが玉彦に突撃をかまして、私は後日、玉彦がお役目で居ないことを確認してから訪れた陽子さんと流子ちゃんの謝罪を受けたのだった。




