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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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12


 あんな人、さっきまでは居なかった。


 絶対に居なかった!


 視える多門や高彬さんでさえノーマークだった。


「玉彦!?」


 伸ばした私の手を玉彦が払う。巻き込まれないように。

 掴まれた腕の痛みに顔を顰めた玉彦が名前を呼ぶ前に多門が私の脇を通り抜けた。


「行け! 高彬!」


 多門が叫んだと同時に高彬さんは私の手を取り、階段を駆け上がる。


「まっ、待って! 玉彦が!」


 踏ん張って立ち止まろうとする私を高彬さんは舌打ちしながら肩に担ぎ、強制的に一階まで連れ出す。

 再び降りて行かないように帯を後ろから掴まれて、私と高彬さんは階下を覗く。

 階段の下では多門が錫杖で軍人の行く手を阻み、その隙に玉彦が腕を押さえながら戻って来る。

 ホッと安堵する反面、残されている多門はいつこちらへと来るのか手に汗が滲む。

 こちらへと戻った玉彦は懐から黒い御札を出して二つに破り捨てると私に渡し、深く息を吐いた。


「玉彦、大丈夫!?」


「大事ない。多門、戻れ」


 高彬さんに肩を引かれて私は階段から離れ、それと同時に三段飛ばしで階段を駆け上がった多門が飛び出す。

 それに続いてのっそりと銃剣を手にした軍人がこちらを睨みながら姿を現した。

 国防色と呼ばれるカーキ色の軍服を着た中年の軍人はこちらに銃剣の先を向けた。

 私は高彬さんの背に庇われて、多門は玉彦の前で錫杖を構える。

 しかし玉彦は軍人の方向を見てはいるものの、目を細めて凝視したのち、私を振り返った。


「視えぬ」


 でしょうね! 

 さっき腕を掴まれたのは私の背中に触れていたからで、私から離れてしまった玉彦は黒い御札を所持していたから視えなくなってしまった。

 たぶん、何に腕を掴まれていたのかすら解らなかっただろう。

 多門が軍人を押し留めてようやく解放されても視えなかっただろう。

 早足で私に駆け寄った玉彦は軽く手に触れてから、振り返って軍人の姿を視認すると、澄ました様子で多門の隣に立つ。


「脱獄囚め!」


 軍人が一歩踏み込むと玉彦は右手を水平に掲げ、指先から白い靄が糸のように空中に漂う。

 白い靄は軍人を巻き取り、振り解こうと足掻く彼の額に玉彦はそっと人差し指を当てた。


「もう、ここを護る必要はない。正武家玉彦の名において役を解く」


 ハッとした軍人は足掻くことを止めて銃剣を手から落とした。


「正武家、様……」


「家族の元へとくが良い。大儀であった」


 玉彦の言葉に敬礼で返した軍人の頬に一筋の涙が流れ、その姿が消えて行く。

 高彬さんが廊下の窓を開ければ、白い靄は外へと流れて空へと昇る。

 四人でその様子を眺めてから、多門が玉彦に指示をされてぶら下がっていた紐を引いて階段の絡繰を作動させた。


「アイツが実直だったからずっと成仏出来なかった奴もいたんだろうな」


 多門の呟きに首を捻ると、高彬さんが真面目過ぎるのも困りものだと苦笑いをする。


「実直だったら駄目なの?」


「さっきも言っただろう? 死んでしまえば壁も何も関係ないって」


「うん」


「人間の看守が居てもスルー出来るけど、看守が幽体だったら?」


「通り抜けられない!」


「そういうことだな。不思議なのは次代様が子供の時にここへ来た時によく捕まらなかったってことだが?」


 高彬さんに水を向けられた玉彦は、黒い御札をこれでもかと破いている最中で、片眉を上げて答えた。


「視えなかった。故に捕まらなかった」


「でも今捕まってただろうがよ」


「それは……比和子のせいである」


 黒い御札の効能で普通の視えない、祓えない人間となっていた玉彦が私に触れることにより、お力は無いけれど視える感じる人間になった。

 離れてしまえば普通になるけれど、さっきのようにタイミングが悪ければ襲われる。

 三人の視線が集まり、私はとりあえず微笑んでおいた。


「それって自分でコントロール出来ない能力なのか……? 修行しろよ、誰かに迷惑を掛ける前に」


「いやいや、結構面白い力なんだから制御する必要なんかないって」


「むしろその様な力など消してしまえば良い。いっその事、視えなくなってしまえば良い」


 散々な言われようだった。




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