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覚えていたら、この場に持ってきたはずなのに。
そして私も会いたかったよって言えたはずなのに。
どうして私はわすれちゃってんの……。
自分の記憶力を心底恨んで、私は申し訳なさ一杯で顔を俯かせるしかなかった。
「洸姫?」
情けなくて、しかもさっき込み上げた涙の残りがまだ目に居座ってて、顔を覗き込んだ兄に見られたくないと私は手を振り払ってしまった。
見ないで、と距離を取るつもりだったのに、私の手は兄の手に思いの外強く当たってしまって、赤いプレゼントがころころと畳の上に転がった。
「ごっ……!」
ごめんなさいって言いたかったのに。
兄が私に見せた一瞬の傷付いた表情とすぐに気にするなというように取り繕った微笑みが私に言葉を飲み込ませた。
転がったプレゼントを再び大事そうに手に取った兄は、それに視線を落としてぽつりぽつりと独り言みたく話し出した。
「幼い頃の記憶とはあまり鮮明には残らないことが大半だと母上は仰っていた。かくいう私も待ちわびたとは言ったが、妹の顔を鮮明に覚えていた訳ではない。けれど……洸姫という名の双子の片割れの存在は常に心にあった。父上や母上、祖父上も同様であったと思う。屋敷の者たちもみな、そこな稀人たちのことも含めて会える日を待ち望んでいた。陰膳というものを知っているか? 遠く離れている家族のために朝昼夕と食事を用意するものだ。母上は一日も欠かさず用意されていた」
……まれびとってなに。さっきも外で言ってたけど。お父さんたちのことを言っていると理解はできるけど。
……待ってたっていうわりに、誰も歓迎する素振りを見せないじゃん。父親に至ってはチラッと私を見ただけじゃん。
……それにさ、陰膳とか言われたって用意してたって聞かされたって、なんて答えて良いのかわかんないよ……。
とりあえず作るだけ作って、誰も食べないならもったいない、くらいしか思えない。そういうのってさ、家族関係が円満で、そこで初めて自分を心配してくれていてありがとうって言えるんだと思う……。
もしお母さんが私の小学校の修学旅行に行ってる間にそういうことしてたよって聞かされたら嬉しい。
でもさ、母親と私はまだそんな関係じゃないんだって……小さい頃は知らないけど。
だから、なんて答えたら良いのかわかんない。
ありがとうとは素直に言えない。事情があって私を遠くへやったのは知ったけど、どうしようもなかったらしいけど、簡単に受け入れたくないと私の心は叫んでた。
「そんなの、作ってくれとか頼んでないし。完全に自己満でしょ。罪悪感なくしたいだけ」
自分の口から自分でも驚くほど辛辣な言葉が冷たい声で流れ出た。
一度溢れだしてしまった感情は止まらなかった。
本当の両親が別に居ると聞かされたあの夜。呆然として何も言えなかった。
次の日、話せる範囲でお父さんたちから事情を聞かされたけれど、私は両親に対することよりも引越しとか転校とかのことで頭が一杯で、そっちのことばかり文句を言ってた。
でも自分でも解ってたんだ。
私が文句を言いたいのはそんなことじゃなくて、両親に対してってこと。
村から離れなきゃいけないなら、《《どうして家族一緒に来てくれなかったの?》》
家族で八年村から離れて、戻れば良かったじゃん。
そしたらこんなにこじれなくて良かった。
お父さんもお母さんも美影もパパも父も振り回されなくて済んだ。
家族の問題なのにどうして友達とか仕事の人を巻き込んだの。
私だけ仲間外れにして八年経ったから戻っておいでって、戻って来たらこんなだし、ほんと最悪だよ。
溜め込んでいた言葉が次々に溢れだして、私と同じ年の兄にぶちまけたってしょうがないって解っていたけどもう私の口は止まらなくなっていた。
散々喋り倒して愚痴り倒して、私は最後に言った。
「結局はさ、なんだかんだ事情があったって、言い伝えとか占いだか知らないけど! そんなちんけなこと信じて子どもをどっか遠くにやるってさ、おかしいよ! 本当は跡継ぎの男だけいればいいって思ってたんだよ。私なんかどうでも良かったんだ! おまけで生まれた私なんか! 親って言ったって生んだだけの育ててもくれない、薄情で責任感のない人が陰膳作ってたって聞かされたっていっこも嬉しくなんかない!」
……言った。言ってしまった……。
熱くなって肩で息をする私に兄はきゅっと眉を顰めた。反論があるようだ。
いいじゃないの、聞こうじゃないの。




