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こんなとこまで愛人を同席させるってことは一緒に住んでるってことで、母親はとても肩身が狭い思いをしているのかもしれない。
それか愛人とバチバチにやり合ってるけど、父親の気持ちは離れちゃってて寂しい人なのかもしれない。
パパは父親と母親は二つで一つって言ってたけど、八年もあれば関係が変わってしまってもおかしくない。
でも不思議なのはこういった状況になっているのにあの父が何も言わないこと。お父さんもパパもだけど。
父は母親にすごく肩入れしているみたいだから愛人に攻撃的になって嫌味の一つくらい食らわしそうだけど。
……私はこの家で上手くやっていけるのかな。
母親と愛人の派閥があって現状を見れば愛人派閥が優勢だ。間違いない。
父親と兄と仲良くなりたければ愛人と仲良くなればいい。
でもパパは母親が好きだって言うし、父はあんなだし、お父さんは多分中立だけど、パパたちとお屋敷で仲良くするなら間違いなく母親と仲良くした方がいい。
うーん。ていうか、パパたちがここに住むことになれば母親派閥が増えるってことだから、情勢は変わる?
どうなんだろ。どうなのかな。
本当の家に帰ってきたけど、とんでもない状況になっている家に頭を抱えたくなっていれば大人たちの話は終わったようで、祖父は正座から胡坐へと足を組みかえて今晩はお祝いだから何を食べようかと背後にいた男の人に話し掛けた。
見えてたけど意識はしてなかった男の人は私を見てニコリと笑い、洸姫様のお好きなものをいくらでも、と答えた。
この人、たぶん良い人! 上手く言えないけど、優しい感じがする。
好きなものをいくらでも、と言われたので今私の好きなものを言わなければとあれこれ考えていれば、何を思ったのか左側に大人しく座っていた兄がすっくと立ち上がり、ずんずんずんと私の前までやって来て見下ろし、すとんと腰を下ろした。
そのせいで祖父と男の人は私の視界から見えなくなった。
えー……なんだろ。来て早々図々しいとか言い出しそう。
身構えた私に兄は綺麗な目を見開き、それからこれでもかっていうくらい満面の笑みを浮かべた。
私、このパターン、よく知ってる。学校でも時々あった。あんまり仲の良くない、むしろ嫌いな奴が嫌味を言う時にかぎって最初に笑うんだよ。
兄の笑顔は神々しく、けれど私はこれから雨あられと降ってくる罵詈雑言を思い浮かべて顔を背けた。
「兄の天彦だ。長く離れていたから、もう思い出せないかもしれないが双子の兄だ。八年間、妹が帰って来るのを待ちわびていた。どうだろうか。兄のことは覚えているか」
聞かれて私は顔を背けたまま正直に首を横に振った。
覚えてない。兄のことも、父親も母親も祖父も。生まれ育ったらしいこのお屋敷のことも何もかも。
私の反応にそうかとだけ言った兄は、ちょっと身体を移動させて私の視界に入り込む。
「洸姫が去ったのは八年前の誕生日の一週間前だったのだが、その時に私と洸姫は誕生日プレゼントの交換を約束したのだ。これも思い出せないかもしれないが、ずっとずっと渡したいと思っていたのだ」
そう言って兄は大事そうに両手に持っていた赤い包装紙の、赤いリボンを掛けられた手のひらに乗るくらいの小箱を私に差し出した。
……私はこれによく似たものを持ってる。色は青だし、細長いけど。
並べれば全然違うものなのに同じものって直感的に思った。
中身が同じなんじゃない。
よれた包装の青いプレゼントは、この赤いプレゼントと同じ。
兄は私に、私は兄に用意したプレゼントだったのだ。
お互いを思ってお互いのために考えたプレゼント。
この人の顔や声や仕草なんて全然思い出せないけれど、それでも八年前の私は兄の為にプレゼントを選んだ。
どうして忘れちゃったのか、でもどんなに青色が色褪せたって捨てられなかった。
捨てちゃいけない、開けてもいけない。なんのために大切にしているのか自分でも分らなかった。
私の生活の中にいつもあって当たり前の青いプレゼント。
ここへも一緒に持って来た。




