chapter.5『父親 正武家玉彦』
何にもない。
いや、山とか雪に埋もれたっぽい畑とか道路はあるけど!
村とは聞いてたけど、ここまでの村だとは思ってなかった。
あとでお父さんに聞けば人目につかないように田舎でもかなりの田舎道を選んで車で走ったらしいけれど、それにしたって民家もぽつんぽつんで、お母さんが言ってたお隣さんまで数百メートルっていうのが冗談じゃなかったことを私は知った。
結界石から三十分くらい。
今度はお母さんも美影も一緒に車を降りて、神社に行くような階段の前で六人と一匹は並んだ。
雪が積もっているけど両脇には等間隔に雪傘になった石灯篭が並んで上まであって、一番下のひと際大きな石灯篭の雪をお父さんが払う。
階段の先を見上げても雪が降っていて白いばかりで神社は見えなかった。
まさかここを行くのかと心配していたら、お父さんが私と美影に手を合わせて一礼するだけだと言う。
手を合わせた時に何を思えば良いと私と同じことを思った美影が聞いて、お父さんはただいま帰りましたって言えば良いと教えてくれた。変なの。
とりあえず言われた通りに手を合わせて、もう一回上を見ればぐぐぐぐっと口がへの字になるくらい変な気分。
懐かしさとかは全然ない。でも何かを急がなきゃって思う。
急いで、帰るの? 急いで、逃げ出すの?
どうしようもなく何かが不安で、泣きたくなるような、怒りたいような。
何日か前の私の今頃は冬休みの家でゴロゴロしてた。
なのに今は家から離れてこんな遠くにいる。
非現実的な夢の中に居るんじゃないかと足元がふわふわする。
ほら、やっぱり寒かったーとお母さんに手引かれて私はふらふらと車へと戻った。
車酔いしそうな曲がりくねった山道は村の道路よりも綺麗に除雪されていて、ほんの数分で到着した山頂は異様だった。
言葉を失くして隣のパパを見れば、スーツのネクタイを締め直してから頷く。
「ここが正武家様のお屋敷。洸姫の家だよ」
「家……っていうか家……? 家、どこ?」
車の窓から見えている景色。
雪を降らせる重たい白い空。
だだっ広い駐車場には何色か分からない車らしき雪山が一つ。
そこから少し離れたところに石造りの建物。でもあれは人が住むような建物じゃないって思う。
だって、正面に目を移せば大きな大きなお寺みたいな黒い門とその両端にどこまで続いているのか分らない黒い塀が伸びていた。
家っていうのは門の内側にあるんだろうから、石造りの建物は違う、と思う。
白のコントラストに存在しそうもない黒い人工物が浮いて見えた。
わぁ! チョコレートケーキに生クリームみたい! とかそんな可愛い感想などもてるはずもなく、私の目には純白の雪を汚す黒にしか思えなかった。
「さぁ、行こう」
先に降りたパパの手を取り、お父さんと父を先頭にして続けば、閉められていた大きな門の扉がゆっくりと押し開かれた。
僅かに出来た隙間からぽいっと木の柄の赤いスコップが放りだされてさくっと地面に刺さる。
遅れて人が出て来た。
黒いジャージにぶかぶかの同じ色のジャンパーで青い毛糸のボンボンがついた帽子をかぶったボブの女の子だった。
私は自分で言うのもあれだけど、結構可愛い自信があった。
毎朝鏡で自分の顔をチェックして、今日も私はイケてるとニヤけるくらい。
小顔だねって言われるし、目がパッチリしてて良いねって言われるし、鼻だって口だってパーツも配置も結構完璧。
お菓子を作っては私に食べさせようとする父の誘惑にあんまり負けないように頑張って太らないようにだってしてる。
肌も髪もこっそりお母さんのものを使ったりしてお手入れだって万全。
だけど。だけど。
スコップを肩に担いで私たちに近付いて来た女の子は、私よりもずっと全然段違いに可愛かった。
ていうか美人。レベルが違い過ぎる。
私の顔がもうちょっとこうだったらいいのになって思っていた理想の眉毛の形。
目は奥二重だけど大きくて、端っこがきゅっと上がっていてここが可愛いと美人の分かれ目。垂れてたら可愛いになる。
鼻は粘土で作ったんじゃないかってくらいしゅっと高くて、唇はリップは塗ってないぽいのにつやつやしてピンク色。
何この子。何なのこの子。
背は私よりも少し高く、着ぶくれしてるだけで絶対太ってない。
歩み寄るその子から目を話せないでいると、私と手を繋いでいたパパが呟いた。
「……玉彦様……」
えっ!? とパパを二度見して、女の子のことも二度見する。
玉彦って私の本当の父親の名前だよね!?
えっ!? パパと同級生って言ってたのに、こんなに小さいの? え、ていうか、男!?
目を見張った私を一瞥した性別不明の子は、お父さんと父の前にスコップを突き立てて腕組みをして踏ん反り返った。
「正武家天彦である。貴様ら、稀人としての礼儀を忘れたか」
お・と・こだ! 声を聞けば男! 男子! こんなに美人なのに男子! しかもなんで髪長いの?
ええええっ。しかも、天彦だって。天彦っていったら、私の双子の……兄……、兄が妹よりも美人って……。
……えー……嘘でしょ。冗談でしょ。しかもなんでこんなに偉そうなの?




