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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
daughter and father father father
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9


「でもさ、パパは今、そこで働いてるわけでしょ? じゃあその白猿って倒したの?」


 そうなのだ。

 パパは父親やお父さん、お母さんと同級生で、こうして仲良くしている。

 パパは再度窓に向けていた遠い目を柔らかく細めて、私の頭に手を乗せた。


「倒したよ。洸姫の母様が中学一年の時の夏休みに鈴白村に来てくれたお陰でね」


「……その人、強いの?」


「強いっていうか……なんていうか……閉鎖的な村の世界に民主主義って教科書だけの話じゃないんだなぁって思わせてくれたよ」


「全然意味が解んない」


「自分がおかしい、変だと思うことを正直に口に出せる人で、良い意味で全く忖度も空気も読まないお陰で、白猿討伐へ向けてみんなが動いてくれたっていうか……」


 歯切れが悪いパパは珍しい。

 いつもははっきりとわかりやすく説明してくれるのに。

 でも、うん。とにかくパパの家は今は嫌われてないってことだ。


 私は納得をして、重ねられたままになっていたパパの手を取った。


「今違うなら良かったよね。それにしてもさー、村の人ってみんなあんまり性格良くないの? だっていじめみたいじゃん。居もしない妖怪倒せとかさー。でもパパ、良かったよね。あれでしょ、空気読めない中学生の母親が変だって言い出して、私思ったんだけど、実は仲が良かったパパとお父さんと父親って人が白猿倒したよって嘘吐いたんでしょ。それって良い嘘だもんね。いない妖怪を倒したって言ってもバレないしさ。証拠出せって言われても倒したら消えたって言えばいいもん」


「……そう、だね」


「……なんだろ。今、お団子頭が見えた気がしたんよ」


「……玉様はどう説明するのか」


「……オレは話にしか聞いたことねーから、洸姫の説を信じても良いぞ」


 大人たちがそれぞれ私の言葉に意見を言う中、美影だけが顔を曇らせた。


「なにさ、美影ぇ」


「長い間言い伝えがあったってことはさ、それっぽいなんかはいたんじゃねぇの?」


「はぁ? 居る訳ないじゃん。居たら世紀の大発見! 売り飛ばして億万長者に私はなる!」


 拳を握った私に美影はいつもの冷めた目を向けた。

 でも私も負けじと目を細くした。


「美影ぇ。あんた何歳よ。子供じゃあるまいしそんなの信じてんの? 馬鹿なの?」


「でも絶対いないなんて言い切れないだろ。現に黒駒が狼だったんだから」


「狼って言ったって日本のは絶滅したけど外国には普通にいるからおかしくないよ」


 そうでしょ? と父を見れば、父は両眉を上げて黒駒は犬だと言い張った。

 いや、狼だってお父さんがバラしたから。


 それから美影と不毛な言い合いを数分繰り返して、頑固な美影といるいないで百円賭けたあと、私は隣のパパの顔を覗き込んだ。


「パパの先祖が何かしちゃって、双子だった私がこうなったのは解ったけど、それってパパのせいじゃない。先祖のせいだよ。ていうかいまだにそんな昔なこと信じてる人たちのせい! 言い伝えとか馬鹿みたい!」


 精一杯パパを慰めるつもりで力を込めて言えば、パパは驚いた顔をしてから顔を伏せた。


「そうだね。でもご先祖様の所為ではあるけれど、そのご先祖様が居なかったらパパもいなかったからね。こうして洸姫と出会えて何年も一緒に過ごせたのは皮肉だけどご先祖様のお陰」


「嫌なことばっかりだったから、これからは良いことが待ってるんだよ、きっと!」


 中学生の頃までお友達と楽しい思い出がないとパパは言った。

 それは先祖のせいで距離を置かれていて、いじめみたいなことがあったんだと私は思う。

 お父さんは村の中学校のクラスは二つしかないって言ってたし、地獄だったと思う。

 先祖のことがなければ絶対中学生のパパは今と同じくカッコ良かったはずだし、性格も良いし、人気者だったはずなんだ。

 すんごく良いことを言ったと心の中で自画自賛していると、後部座席から父が余計な一言を言った。


「自分に会えたことを良いこととか言っちゃうって相当自意識過剰だよなぁ」


「なんだとー! 父め!」


 後ろを向いて後部座席に身を乗り出して父を掴もうとしたら、車はゆっくりと停まって転げそうになった私は両肩を父に支えられて事なきをえた。

 ヤバい。車の中で暴れるなってお父さんから雷が落とされる。と戦々恐々していると車はいつの間にか高速道路を降りていて、なんの変哲もない、車通りが全然ない森の一本道の路肩に停まっていた。

 お父さんたち三人は目配せをしてから車を降りて、お母さんは美影に自分と一緒に車に残るように言う。

 私は? と聞く前に先に降りていたパパがドアのところで私に片手を差し出して降りるように促していた。




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