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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
daughter and father father father
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 ベテランっぽい店員さん四人はバインダーを確認して一斉に動き出し、次々とお母さんの前に派手じゃなくそれでいてオシャレなブラウスやスカートなどを並べる。

 けれど大人の女の人が着るようなものばかりだったので、私は蚊帳の外だ。

 店員さんに取り囲まれて試着地獄に陥ったお母さんを見捨てた私は近くを好き勝手に見て回る。


 お葬式とか結婚式のノリで良かったなら中学校のセーラー服で良かったんじゃないかなと思いながら、ふらふらと歩く。

 するとディスプレイに飾られた一着の青いワンピースに目が留まった。

 七分袖でひざ丈の、スカート部分はちょっと広めでドレープがなだらか。

 その分ウエストが細く見えて、上半身は肩から胸を通ってウエストまで縦に二本の切り返しが入ってるデザインですっきりしてる。

 これはかなり可愛いと私は思う。


 裏に回ってワンピースに触れる。

 見た目通りの、なんだっけ、パパが言ってた……ベロアってやつ。肌触りが良くて、冬に着るもの。

 ちょっと失礼とスカートをめくって裏も確認。うん。綺麗だ。裾に縫い目が出てなくて、他のところも合格。

 お友達と一緒に買いに行く服は好きな服を買うけど、家族でお出掛けする時の服はきちんとしたものってお父さんがよく言っていて、私はオシャレなパパを師匠に色々と教えてもらっていた。

 きちんとした服でも普通に縫い目が外に出てる服もあるけど、パパが『縫製が見えないものの方が安全』と言っていた。

 何が安全なのか聞いたらちょこっと考えて、万が一の時に悪いもの……風とか冷たい空気のことだと思うけどそんなのが入りにくいそうだ。


「洸姫、決まったー? お母さん、決まったぁー……」


 私よりも三倍速で疲れた様子のお母さんが着ていたのはネイビーのツイードジャケットのワンピーススーツだ。

 散々色んなのを試着させられてたけど、結局お母さんは無難なネイビーに落ち着いたようだ。


「私、これにする。絶対これ!」


 ディスプレイを指差すとお母さんはうーんと首を傾げた。


「なんか布がテロっとしてて薄そうで寒そうよ?」


「大丈夫だよ! 外で遊ぶんじゃないんだから」


「そう? 後で寒いーとか言いそうな気がするんよね、なんとなく」


「こんな本州の寒さなんてへっちゃらだし。これにする。これ、試着しまーす!」


 店員さんに片手をあげて準備をしてもらって試着室で着替えていると、お父さんたちは早々に決まったらしく外で声が聞こえた。

 そして私は背中のファスナーに苦戦している。


「パパ? 背中のお願い」


 試着室から顔を出せばお父さんたち三人は黒いお揃いのスーツで、美影もスーツだったけど中は白いTシャツ姿だった。


「え。三人お葬式?」


 正直な感想を口にすると、父がワインレッドのネクタイを持って強調する。


「葬式はネクタイが黒いんですー。結婚式は白いんですー。良く見ろ、これのどこが黒だ!」


 イーッと憎らし気に歯を見せた父の歯並びは無駄に綺麗だなと無視をして、もう一回パパにお願いするとパパは店員さんにお願いしますと言って手伝ってはくれなかった。


 昨日の夜に変な質問をしたから避けられてるのかな。

 あの時まではパパの中では私は家族で娘だったのに、現実は血の繋がりもなんもないお友達の娘、ようするに赤の他人だって思い直して、着替えとか手伝っちゃいけないって思ったのかも。


 急激に変わっていくパパたちとの距離感と関係に、気に入ったワンピースを着て嬉しいはずの私はどうしようもなく悲しい。

 今、ここで服を選ぶってことは村へ行く準備な訳で、楽しいはずなんてなかったんだ。

 ただのお買い物のノリだったけど、これはお別れの決別の服。

 だからパパたちは黒いスーツなのかもしれない。


 店員さんにファスナーを上げてもらっている間、鏡に映った私はこんな時なのに大好きな青を纏った浮いた姿だった。

 テンション駄々下がり。どん底。

 どんよりとした顔で試着室を出た私は店員さんも含めて似合ってると全員からお褒めの言葉を頂いた。

 でも嬉しくもなんともない。



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