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あんだけもやもやしてたくせに、寝た。
しっかり寝た。
一番最後に起こされたくらいしっかり図太く寝た。
ぼんやりとした頭のまま身支度をして朝ご飯を食べて、ハッと覚醒したのは家を出て朝の寒さに刺激されてから。
朝の七時に家を出た私たちはそのまま高速道路に乗って村へ行くのかと思ったら、お父さんがこれから服を買いに行くという。
通山市には大きなデパートが幾つもあって、そこに行くという。
でも今、七時。朝の七時。
普通に考えてデパートはまだ開店してない。ていうか、コンビニ以外こんな時間からやってないと思う。
なのに私と美影以外は全然そこんとこを心配してなくて、自分たちの親の常識は大丈夫なのかと一番後ろの席で囁き合った。
中核都市と呼ばれているだけあって通山市の中心街は札幌の大通によく似て栄えていた。
朝だから学生や会社へ行く人が多く、けれどもやっぱり多くのお店のシャッターは閉まっている。
こんな感じで本当にデパートは開いているのか聞いたこともないけど二十四時間営業なのか半信半疑で車に乗っていると、とある大きなデパートの前で車は停まった。
どーんとしたいかにもお高いデパートを見上げて入り口を見ると、案の定閉まってる。
ほらねー、こんな時間に来たって開いてないよ。
しっかり者のお父さんのうっかりにしては馬鹿々々しすぎて、美影と一緒になって黒駒とじゃれていたらぱぱぱぱぱっと入り口に電気が点いた。
えっ? と一歩近づくと中からスーツのおじさんたちと制服の店員さんがぞろぞろと出て来る。
開店準備で外の掃除でもするのかな。
もしかしてお父さんはそれを知っていて、声を掛けて中に入れてもらおうとしてたのかな。
でもそれって無理だし、常識ないし恥ずかしい。
変なことを言い出す前にお父さんを止めなきゃと小走りでお父さんに近寄れば、おじさんたちは玄関からこっちに向かって丁寧にお辞儀をした。
「お待ちしておりました。正武家様」
もう私はぽかーんとするしかなかった。
お父さんを先頭に開店前のデパートを案内されて、お父さんたちは五階の紳士服、私とお母さんは六階の婦人服エリアに通された。
一人につき店員さんが三人もつくという親切だけど落ち着かない待遇に私はお母さんから離れなかった。
お父さんたちは慣れた様子だったけどお母さんは私と同じく若干挙動不審気味だ。
「お母さん。何買えばいいの?」
袖を引いて小さく聞くとお母さんも小声で答えた。
「きちんとした服よ? えーっと、えーと」
そう言ってお母さんの目は泳ぎ、黒い服ばかりのフォーマルと書かれたエリアを見た。
「あれってお葬式の時のでしょ。そんなのでいいの?」
「いいんかな……どうかな……。ああいう服ってお葬式以外にも結婚式用のがあるんよ」
「結婚式に出るわけじゃないよね」
「そうよね。そうなんよね。うーんと……」
お客さんが居ない広いエリアをその場でぐるぐる見渡してお母さんがあっちかもこっちかもと迷っていると、グレーのバインダーを持っていた年配の店員さんがにっこりとしてお母さんに声を掛けた。
「当方の系列にて正武家様の奥方様がお手に取られた物のリストがございます。ご参考にされますか?」
「あっ、はい! そうします! うん、そうよね。比和子ちゃんが選んだものだったらそれに近いので間違いない」
比和子ちゃんていうのは私の母親のことだ。
そして正武家っていうのは家の名字。
……奥方様だって。今時、奥方様。
店員さんの後に続いてフォーマルコーナーを通り過ぎ、その先にあったのは華やかなワンピースとかドレスとかがあるところだった。
こんなとこお友達とデパートに来ても絶対素通りする。
可愛いとか思っても着ていくとこがないし、値段もべらぼうに高いのだ。




