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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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10



 胸が締め付けられた私は玉彦ではなく、多門に歩み寄って抱き付いた。


 彼の姉や兄の手によって死んでしまった私の家族。

 彼らに憎む感情を持っても、何も知らなかった多門にそんな感情は持ったことがない。

 それはきっと多門が一切、罪を犯した家族を庇うような発言をしなかったからだ。

 罪には罰を、死に死を、という正武家の意向を稀人を輩出したことのある清藤一族は良く知っていて、多門も知っていたからこそ従ったのだ。

 殺人を犯しても自分の家族だもん。罰だとしても死んでほしくないって思ったはずで。

 でも残された私の感情を考えれば罰せられて当然なことだと思ったはずで。

 狭間で揺れた多門は、ここにこうして私の腕の中にいてくれる。


「多門は多門だからね」


「知ってるけど……」


 私に抱き付かれて万歳をした状態の多門は困ったように玉彦に助けを求める視線を投げかけたけれど、玉彦はこちらをチラリと見ただけでさっさと歩き出す。

 何も知らない高彬さんはなんの事やらといった風に私たちの横を通り過ぎ、腕を下ろした多門は軽く私をハグしてから離れた。


「当主が比和子ちゃんと高彬に勉強しろって言ったこと、解った?」


「え?」


「どんな理由があっても罪は罪。禍も誰かに迷惑を掛ければ罪は罪ってこと」


「あぁ……」


 そう言えば澄彦さん、そんなこと言ってたっけ。


「今回は猩猩が迷惑を掛けられた訳だけども、アイツらも五村の一員だからね。んで、人形に乗り移っていたのが子供だとしても罪人は罪人。竜輝は容赦なく祓ったけど、高彬はわざわざ話までしてただろ」


「うん」


「あれって本来必要ない。時間の無駄。何を聞いたって祓うんだから意味ない。見逃すことは無いんだ。当主も次代もそんなことしてるの見たことないだろ?」


「まぁ、うん。無いわね」


「正武家に仕えるなら甘さは一切捨てろってこと。聞いてる? 高彬」


「うるせーなー。聞こえてる」


 玉彦と共に牢の天井の点検をしていた高彬さんが鉄格子から出て来て、納得出来かねると多門に一言申せば、早く出ろと玉彦が彼の背中を蹴った。


「いてっ。このやろー」


「次代の私に向かってこの野郎とは良い度胸である」


「痛いです。この次代様」


 言い換えても言ってる内容は同じである。


「甘さに付け込まれお前たちが窮地に陥ることを私や父上は危惧している。生きている者相手ならば自分でどうにか出来るであろうが、人為らざるもの相手では命に関わる。以後心して置け」


「了解、です」


 高彬さんの背中に残された玉彦の足跡を払ってあげてふと思う。


「フランス人形も日本人形も中身は女の子だったはずだけど、そんな小さな子供もここに入れられてたの?」


 天井部分から漏れ出した靄が人形に乗り移ったと考えている玉彦に聞けばゆっくりと目を閉じる。


「いくら子供とはいえ殺人を犯さないとは言えない。が、大方収監された父か母を慕い、死後ここへと迷い込んだのであろう。そしてそのまま囚われてしまったのではないかと考えている」


「え……。でもさ」


 日本人形の中の子はもうずっと前の女の子だからともかく、フランス人形の女の子は百年前くらいの女の子だって高彬さんが言っていた。

 百年くらい前に女の子の親がここに入れられたってことになる。

 私が言いたいことを察した玉彦は顎に手を当てて眉間に皺を寄せた。


「恐らく水彦か道彦の代の初めまでここは使用されていたのかも知れぬ」


「道彦って……もう昭和じゃないの!」


 既に警察機関が機能しているはずで、もうここは必要なかったはずである。


「戦時中は色々とあったのだろう」


「色々って……」


 世界大戦の折に正武家の人間には赤紙が届かなかったそうだけれど、梅さんの家には赤紙が届いて兄弟が招集されている。

 必然的に五村も男手が少なくなり、警察も手薄になっていたために正武家が自治を担っていたってことか。

 あの水彦の遺言は米を切らすなだったそうだから、五村といえども一時貧しかったのだろう。

 貧困と飢えで荒んでしまった村民、他所から疎開してきた人間が奪う為に罪を犯してしまったこともあったのだろう。




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