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「父は……父はさ。洸姫のことどう思ってんの?」
父はいつだって聞けば良くも悪くも忖度なしで答えてくれる。
まっすぐに私ときちんと向き合ってくれる。
聞きたくないけど聞きたい。
あえて視線を外して尋ねた私に父は素できょとんとした顔をした。
「は? 今は娘。まだ娘。帰ったら娘様。でも比和子ちゃんはオレのこと弟みたいっていうから姪? オレは叔父さん? つーかそんな関係性を言葉にする必要なんかないだろうがよ? 洸姫は洸姫。オレはオレ。呼び方が変わったって一緒。中身が変わるわけじゃねぇーんだから」
「でもさ」
「小難しいこと考えてんじゃねぇよ。帰るだけ。親が二人、元通りになるだけ。兄ちゃんが出来るだけ。祖父ちゃんも」
「そういうんじゃなくてさ。……どうして洸姫を育てるって決めたの?」
「どうしてって……。あぁ、はいはい。金に釣られて義務感でとか思っちゃったわけ? 家族が困ってたら助ける。それだけのことだろうが。深く考えんなって。豹馬と亜由美ちゃんはていうか特に亜由美ちゃんは都会に住めるし万々歳って言ってたし、須藤はパパになるって張り切ってたし? オレは、まぁ。双子の教育の専門家だし?」
「なにそれ」
「オレも双子なんだよ。二卵性の。兄貴がいたんだ。死んだけど。双子ってやつはな、いつも比べられて捻くれやすいから真っ直ぐに育ててやるっていうオレの目標?」
「それってさ、双子が一緒に育つ場合でしょ」
「言われてみればそうだな。でもあの頃。洸姫がまだ小さかった頃。三人の中で一番オレに懐いてたんだ。金魚のふんみたいに後ろにくっついてきてたもーんたもーんって。こけしがよちよち歩いてるんだぞ? 可愛いだろ。可愛すぎるだろ。成長を見守りたくなるだろ」
こけしって意味わかんない。
それに父って双子だったんだ。知らなかった。
さっきも思ったけど、母親を比和子ちゃんとかお母さんを亜由美ちゃん、はいつものことだけど、お父さんを豹馬、パパを須藤って呼ぶのは父が素に戻ってきてる感じがして、ちょっと驚く。
でも、うん。父はやっぱり父だった。
色を無くし始めていた思い出が息を吹き返す感じがする。
「面倒だとか一度だって思ったことない。これからも思わない。だから遠慮なく突っ込んで来い。きちんと受け止めてやるから」
「父ぃ~」
ひしっと抱き付けば父は、でもあっちに帰ったら父とは呼ぶなと念を押した。
呼ばれたくないんじゃなくて、本当の父親と母親が悲しむからと今度は納得できる説明をしてくれた。
今朝は一線を引かれたーって思ったけど、父がどういう理由でああいうことを言ったのか知れて良かった。
父と母親の関係を知らなければ今朝に理由を聞いてもたぶんぴんとこなかったと思う。
あの時にこんな込み入った話を聞かされてもいっぱいいっぱいだった私は増々混乱しただろう。
胸にスリスリ顔を擦りつけていると、父は私の背中を何度も何度も擦った。
「あのこけしがこんなに大きくなるなんてなぁ」
「こけしってなんなのさっきから」
「小さい頃は前髪ぱっつんのおかっぱ頭だったんだよ。双子で揃って。しかも普段着が浴衣。たまに着物。座敷童が二人、屋敷の中で無双してた」
「へぇ~」
「帰ったら写真見せてやるよ。マジでこけしだから」
「……こけしじゃなくて座敷童のが可愛い」
「どっちにしたって可愛い」
そう言って父は私を腕に抱いてニコリと笑った。親馬鹿だ。
それから私はしばらく父と車で過ごし、トイレに行きたくなった夕方にそこから離れた。
父も同じタイミングで起き上がり、私が家に入るのを見届けてから黒駒と散歩へ出かけた。
夜になってお母さんが車に夕食を運んでいたので、父は黒駒と車中泊をするのだろう。
父の中ではまだこの家に入っちゃいけない思いがあって、私はそれを知ったから無理に誘うことはなかった。
母親という人は父を許しているのに、父の中ではまだ申し訳なさ、後ろめたさがあるんだろうな。
父が悪いわけでもないのにさ。




