2
リビングの入り口で棒立ちになる私をよそに、パパたちはテキパキとエアコンをつけて部屋を暖め、キッチンや台所、トイレの水が使えることを確かめる。
私はその場に居たくなくて、玄関へと踵を返した。
ブーツを履いて振り返ると二階へと続く階段があって、その上は薄暗く感じる。
自分の家だったら全然気にもしないけど、歓迎されていないような感覚を持った私にはことさら不気味に映った。
嫌だ嫌だ嫌だ。
私は心の中で叫びながら外へ飛び出し、車の後部座席のドアを開けて、眠りこけていた父と黒駒の間に割り込んだ。
寝転んだまま足を上げてブーツを脱ぎ捨て、黒駒にハグをしてから振り返って父に抱き付く。
家で熱を奪われた身体に父の温もりが広がって安心して泣きたくなった。
横向きになった父は目を開けず私に片腕を回して抱き寄せて何も言わない。
規則正しい寝息が私を落ち着かせた。
私がここにいて当たり前って、いきなり来たって驚かないっていういつもの父。
もう父じゃないとか言ってたけど、私も父は男の人だって思ったけど、結局はなんだかんだ言っても家族だった。
少し背中が寒いな、と思うと黒駒がぴっとりと寄り添う。黒駒も家族だ。
しばらくそうしているとお母さんが様子を見に来て、でも父が片手を振って大丈夫という仕草を見せてお母さんは毛布を置いてすぐに家へと戻った。
いっつもそう。
私が父のとこに逃げ込むとお母さんが様子を見に来る。
お父さんやパパが来ることはほとんどない。
起き上がった父は毛布を私と黒駒に掛けると自分も横になって一緒に中に入って温まる。
そして今度はきちんと目を開けて私と向かい合った。
寝るために肩までの長さの髪をほどいていた父はちょっとだけ眉間にシワを寄せる。
「家に入れよ」
「やだ。ここにいる」
「美影と喧嘩したか」
「してないよ。なんてゆうか、あの家、気持ち悪いんだよね。誰か帰って来て怒られても嫌だしさ」
「……気持ち悪いとか言うな。お前の祖父ちゃんと祖母ちゃんの家だぞ」
「でも二人ともいないよ。どこに居るのさ。出掛けてるわけじゃないでしょ」
と、自分で言ってもしかして老人ホームにいるのかもと今さら思った。
でも私の年くらいの孫がいるって人はまだ五、六十代くらいだろうし、お友達の祖父母でもまだまだ普通に働いてたし、老人ホームってもっと年を取ってから入るイメージだ。
じゃあ病気で二人とも病院に入院してるんだろうか。
ちょっと考えればいくらだって留守の理由があるのに、どこかで本当の両親に会うことを拒否している私は彼らに関することを否定的に考えて気持ち悪いとかネガティブ思考に陥っていた。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか父は私をもう一度抱き寄せた。
「祖父ちゃんと祖母ちゃん。あと叔父さんのヒカルは海の向こうで亡くなった。墓はこれから帰る鈴白にある」
「……死んでるんだ」
思いもしなかった。死んでるなんて。
だって三人揃って死んでるなんて。
母親の名前の下にあったヒカルという人はまだ若いはずだ。
いつ死んだのか知らないけど、八年間あっちと連絡を一切取らなかった父が知っているっていうことは、父は今三十半ば過ぎだから二十代後半くらいにはもう居なかったってこと。
お父さんやパパと母親は同級生で父とは一歳年下。
父とヒカルって人が同じ年だったとしてもぎりぎり二十代で死んでる。
祖父母はいつ死んだのだろう。
もし病気がうつってとか同じ事故でとかで一緒にだったら四十代で死んでる。
私の母親はそんなに早く両親と弟を喪ったんだ……。
気持ち悪いなんて思って悪かったな……。
きっともう家族はいないけど思い出の家だけでも残しておきたかったんだろうな……。
私も同じだ。
パパたちが生きてたって育った家がなくなっちゃうことは悲しい。
母親は逆に家はあるけど家族はもう居ないんだ。
どっちが最悪かなんて考えなくても分かる。




