chapter.3『父 清藤多門』
中核都市と呼ばれる通山市の空港に到着し、父が黒駒を受け取りに行っている間、私たちはレンタカーを借りて外で待っていた。
大きな車は禁煙というステッカーが貼られていて、芳香剤の良い匂いがした。
いつものように運転席にはお父さん、助手席にお母さん。
真ん中にパパと私で、後ろに父と美影がお決まりだったけど、パパは遅れて乗り込む父の為に後ろの席に座った。
なので私は久しぶりに一緒になった黒駒を撫でまわした。
「黒駒、大丈夫だったー?」
黒駒に抱き付いて父に聞くと、無言で私を見て何も言わない。頷きもしない。
「狼ってバレなかった?」
私がそう言うと後ろにいた美影がこちらを二度見した。
「黒駒って狼なのか!?」
「そう。だから他の動物と違う場所に乗せられるってお父さんが言ってたよ。ね?」
そうだよね? とお父さんの後頭部に言えば、何も言わずに車を発進させた。
美影にはまだ言っちゃいけないことだったようだ。
でも美影も何となく黒駒は普通の犬じゃないって解ってたみたいだから、狼と聞いても驚いたけど特に感想はないようだ。
なぜか微妙な空気感の車は空港から離れて、通山市の市街地へと入る。
札幌よりも小さいけど旭川より全然栄えている様子の街を抜けて、一時間くらいで到着したところは一軒家だった。
大きめの、でもちょっと造りが古い。
車を家の前に停めて降りると、ステンレ製のドアの横には『上守』という表札があった。
光一朗。照子。比和子。ヒカル。
お父さんがお祖母ちゃんの名前は照子と言っていたから、ここは母親の実家なのだろう。
四人の名前の中で一人だけ仲間外れがいる。明るくない名前。比和子。
私の母親という人の名前。
チャイムを鳴らさず、どこから手に入れたのか二カ所の鍵をかしゃんかしゃんと開けた父は取っ手に手を掛けた。
「誰もいないの? 勝手に入ったら怒られるよ?」
普通ならチャイムを鳴らしてお邪魔しますって流れなのに、お父さんはまるで留守と知っていたように、そして親戚でもないだろうに当たり前に家に入ろうとした。
お父さんもだけどパパもお母さんも疑問にすら感じていないようだった。
父はと言えば車から降りず、座席を倒して黒駒と昼寝を始めている。
美影は私と一緒で知らない人の家に勝手に上げり込もうとする両親に不安を覚えたようだ。
だって鍵は持ってても絶対に不法侵入だもん。
そんな二の足を踏む私の背中をパパが押し出す。
「洸姫は光一朗さんの孫だから問題ないんだよ。さぁ入って。外は寒いだろう」
「寒いけど……父は来ないの?」
「多門は……ひとまず車で休みたいみたいだ。気にしなくていい」
お父さんがドアを開き、私が一番最初に玄関に入る。
ひんやりとした玄関。
冬で寒いからじゃなくて、ずっと人がいない感じ。
旅行から帰って来て誰もいなかった家の冷え方。
家の真ん中に残ってるはずの暖かさが全然ない。
でもブーツを脱いで上がって足裏を確かめても靴下に埃はついていない。
綺麗に掃除されているのに。表札だってあるのに。
不思議な感覚を私に覚えさせた家の玄関で私がもたもたしていると、パパが再び私の背中を押してリビングに進ませる。
そしてパパが閉じられていたカーテンを開ければ、そこは普通の家だった。
大きなテレビがあってソファーがあって。
近寄ってみると新品のソファーじゃなくてテレビの真正面に座ることの出来る位置には黒い革が若干剥げていてここに誰かが座って生活していたことが分かる。
その後ろにある畳の部屋の柱には横線の傷がいくつもあって、ここに子供がいたことも分かった。
キッチンの壁に埋め込まれた感じの食器棚に目を向けると、重ねられたお茶椀とお椀が四つ。
もっと近づいて確かめるとお箸も色違いで四人分。お皿もお揃いのが四枚のがいくつもある。
でもふと見たシンクは濡れてなかった。三角コーナーはあったけど、ネットも掛かってない。ゴミ箱はあったけどゴミはない。そしてやっぱり埃もない。
四人家族の家に見えるのに、物だってあるのに、生活感とそこに居るべき人たちだけが足りない。
気味が悪い。
それが私が初めて訪れた祖父母の家の感想だった。




