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「お父さん」
座席を倒して眠る気満々だったお父さんを呼ぶと、私を横目に見た。
「どれくらいで到着するんだっけ」
「一時間」
「寝るの?」
「寝る」
「まだ午前中なのに?」
慣れようもないイスに座って身を乗り出した私に、お父さんの手が伸びてきたので私は両手で握る。
「午前中だけど寝る。到着したら通山市まで運転で、場合によっちゃそこから鈴白村に直行だから」
「……村? 今、村って言った?」
通山市ってところはたまにニュースで聞いたことのある市だった。
けど鈴白という地名は聞いたことがなかった。なので目立たない県の目立たない市なんだろうと勝手に想像してたけど、村!? 村なの!? 市でも町でもなく村ぁ!?
村って誰か言ってたっけ!? 私が聞いてなかっただけ!?
私の本当の父親って人は地主でお金持ちって聞かされたけど、私はセレブっぽいお金持ちを想像していた。
でも村。村。村のお金持ちってきんきらきんの成金っぽい。ごってごてに宝石を指にはめた脂ぎったおじさんと化粧の濃いザマスとか普通に使う眼鏡にチェーンをぶら下げてチワワを抱いたおばさん……。
あぁでもお父さんたちと同級生だから、いけ好かない感じの赤いスポーツカーに乗る男と普通の日なのにドレスとか着ちゃってる女の組み合わせかもしれない。
んでもって兄という人は、お金に物を言わせて同級生を支配してて、性格は凄く悪い。
妄想が妄想を呼び私が固まっていると、お父さんは半目になった。
「何を考えてるか想像は付くが、洸姫が考えているような酷いところでも酷い人間がいるところでもないぞ」
「本当に? それってお父さんが生まれ育ったとこだから贔屓した感想じゃないの?」
握っていた手に力を込めるとお父さんは座席を元に戻して、フッと笑いながら窓の外に目を向けた。
空の上は晴天で、お父さんは眩しそうに顔を優しく歪めた。
「鈴白村は日本の古き良き田舎だ。四季が美しく、住んでいる人間は内向的ではあるが、慣れればそんなもんだ。洸姫もきっと気に入る。そう言えば洸姫の母様も同じくらいの年に鈴白に来たんだ」
「元々村住みだったんじゃないんだ?」
「父方の祖父さん一家が村に住んでる。そこに夏休みの間だけ来たんだ。中一の夏休み。もっと小さい頃にも一度だけ来たけどな。洸姫の母様が来た時、村は大騒ぎになってなぁ。都会から別嬪な女の子が来たぞーって。しかも……まぁ色々、な。それから離れてたが高二から村に住み始めた。親元を離れてな」
「えー、お祖父ちゃんの家に? なんか気を遣いそう」
私はこれまでお祖父ちゃんやお祖母ちゃんという存在の人と接したことがない。
だから想像が出来ない。
でもこれからはそういう存在の人も私には増えるわけで、そっちの人たちとも上手くやっていけるのか不安だ。
父親と母親の両親で四人もそんな人が増える。
そんなことを考えていたら、お父さんはちょっとニヤリと笑った。
「祖父さんの家じゃなく、婚約した父様の家に住んでた。だから気は全く遣わなかっただろうな」
「はっ? 何それ。そんなことって許される? 母親の親っておかしくない?」
「祖父さん同士が親友だってこともあったからな。それに祖母さん、照子さんって言うんだけど娘の花嫁修業よろしくお願いしますってノリだった。本人は花嫁修業どころか風呂で歌ってばっかりだったけど」
どうしてお父さんが歌ってたことまで知っているのか疑問だけど、私もお風呂でよく歌う。遺伝か。




