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無言で先を歩く玉彦に追い付き、私は手を取る。
すると玉彦は足を止めて周囲を見渡す素振りを見せた。
「まだこれほど漂っていたのか……」
神守の私が彼に触れることによって視えるものがある。
一度触れてしまえばそこにあるものはずっと視えるようになるのがお決まりだったけど、さっきの部屋で触れてドアから漏れだす靄を認識していたはずの玉彦は私から離れると視えなくなっていた様である。
きっと澄彦さんの黒い御札のせいだろう。
玉彦は今、全く無防備な普通の人間、ということなのかもしれない。
ただしさすがに何かが乗り移ろうとすれば外側のみに作用しているっぽい御札の効果はなく、内側の正武家の血が弾きだす、と思いたい。
ともかく私の予想通り玉彦が無防備である可能性は高いので、出来るだけ私が近くにいるに越したことは無い。
私が持つ御札の効果はあるはずだから。でも澄彦さんの御札によって打ち消されていたらシャレにならない気もする。
澄彦さんは危険はないって言っていたのに一体どういうことなんだろう。
弱々しい禍だから危険はないって言ったのだろうか。
ドアから左に進み十数メートル。
そこまでの間に鉄格子の部屋は二十あった。
通路面にだけ明かりが申し訳程度にあり、三畳ほどの鉄格子の部屋にはどこも腐れた畳が一枚だけ。
ここに入れられた人の寝床だったのだろう。
洗面台もなければお手洗いすらない。
多門と高彬さんは一つ一つの部屋に入り、玉彦に指示をされて天井を確認していた。
「ここから漏れ出たものが人形に乗り移ったと思ってるの?」
「十中八九そうであろう」
「こんなところに子供も居たってこと? ていうか、ここって何なの?」
多門が言った通り牢なのだろうが子供までこんなところにいるとは思い難い。
それ以前にここは絡繰屋敷であって警察署や刑務所ではない。
こんなところに牢があること自体おかしい。
「ここは五村で罪を犯した者たちが収監されていた。正武家の私設の牢獄だ」
「正武家の……?」
正武家は昔、五村において絶対の権力を持っていて大政奉還前までは自治が認められていた。
現代は日本という国の枠組みに従い、ただの村という集合体を維持しているけれど一般人に知らされていないだけで国ぐるみで隠蔽される形で正武家の権力は認められている土地だ。
そんな正武家が自治を守る為に昔に牢獄を所有していたというのは理解できる。
けれどこんなに禍が溢れている牢獄を放って置いていることが腑に落ちない。
左側の牢を全て調べ終わり、異変が無いことを確認してから私たちは来た道を戻る。
その間、玉彦は私の質問に答える。
「ここにはどんな人が入っていたの?」
「主に殺人」
「さっ……!」
「罪人を奥の牢に入れ、放置する。別の罪人が連れ込まれたら反対側の遠い牢に入れ、放置する。ただそれだけの牢である」
「放置するって……。え、ご飯は?」
「無い。牢に入れられた罪人はそこで餓死をさせる。罪人を処刑するということは処刑する人間もまた殺人という罪を犯すことになってしまう。故に餓死という手段を用いた」
「それって残酷過ぎない?」
「残酷なものか。殺された人間はどうなる」
「でも……」
「罪には罰を。死には死を。何も不思議ではないだろう」
「でも……」
「殺人を犯した理由は色々あったのだろう。それこそ正当防衛で殺すに至った者もいたのかもしれない。しかしやはり人間を殺すということは罪である。どれだけ情状酌量があったとはいえ、罰さなければならなかったのだ」
「正当防衛でも駄目なの?」
「現代では許されることもあるがこの五村では、いや、昔は、か。残されたそれぞれの家族の為に殺人の罪を犯した者は死ななくてはならなかった」
「どうしてよ」
「喧嘩両成敗ならぬ殺人両成敗である。罪人が生きたままだとどうなると思う?」
「どうって……」
ドアの前まで戻って来た私が考える為に足を止めると、それまで黙って玉彦と私の問答を聞いていた多門が錫杖の遊環をしゃらんと鳴らす。
「アイツはうちの人間を殺したから殺してやる! って殺人の連鎖が始まる。どんな理由があったって殺された家族からすればそいつは殺人者だ」
どくんと心臓が跳ねる。
私も、そう云う感情を持ったことがある。
家族が殺されたから殺してやりたいって、思ったこと、ある。




