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呆れている私に見つめられたお父さんは、銀縁眼鏡の奥の目をちょっとだけ細めた。
「……黒駒だが」
「黒駒が実は妖怪でしたとか馬鹿なこと言わないよね」
「……妖怪、じゃない」
「だろうね」
「……かと言って犬でもない」
「……はぁ。なんとなく解ってたよ、私」
お父さんたちが本当のお父さんたちじゃないように、黒駒は普通の犬じゃなくて。
「本当は狼なんでしょ。家で飼っちゃいけない動物なんでしょ?」
私の答えにお父さんは驚きの表情を浮かべてから顔を横に背けてかくんと頭を下に向けた。
頷いたようなそうでないような微妙な感じだ。
私や美影が上手く騙されてると思っていたけど実はお見通しだったことに動揺したんだろう。
お父さんが言っていた優しい嘘ってこんなやつかぁ。
誰も傷付いてない。困った人もいない。
「心配しないで! 黒駒が狼だって空港の人に言わないから! 犬ってことにしとけば一緒に乗れるんでしょ?」
「あ、あぁ……。でも大きい犬だから他に預けられた動物がいたら怯えさせてしまうから別のところに乗せて運ぶことになっているんだ。だから乗る時も降りる時も別のゲートを使うことになっていて、父が何とかするから洸姫は心配しなくて大丈夫、だ」
「そうなんだー。黒駒は父の友達だもんね」
朝や夜の散歩は父とだけ黒駒はする。
私と美影もお昼とかにしてあげるけど、その時に黒駒はトイレはしない。
父と一緒じゃないと黒駒は緊張するから。
黒駒は賢い犬だけどそういうところがちょっと可愛いと思う。
私と大事な話が終わったお父さんはどこか疲れた様子で立ち上がって、眼鏡を外して目頭を押さえてギュッと目を閉じた。
お父さんと二階のお土産コーナーをうろちょろしているとお母さんたちが私たちを見つけて無事に合流した。
これでもかというほどお母さんにお土産の袋を持たされていたパパと父と美影は空港内の郵便局でお土産を実家に送るために一旦離れた。
その時お父さんが父と黒駒について話をしていて、父は面倒くせーとぼやきながら郵便局へ行き、戻って来たら黒駒はいなかった。
別のところに預けて来たんだろう。
美影と二階をうろちょろ探検しているともう飛行機に乗る時間になって、私たちは搭乗口で並んでいる人たちの列を無視して一番に案内をされた。
こういうズルは良くないとお父さんにこっそり言ったら、座席が違うから良いんだと返された。
何が違うんだろうと不思議に思いながらお父さんに付いて行くと、私が一回だけ乗ったことのある飛行機の座席とは全然違うところに到着した。
なんか、イスが大きい。足も普通に伸ばせる。
隣の席とはかなり離れていて、専用のなんか色々見たこともないものが一杯ある。
小学校の修学旅行の時は窓の席に座れなかったけど、今はみんな窓の席だ。
ていうかこの座席があるエリアに私たちとCAさんしかいない。
貸し切り!? 飛行機って貸し切りにできるの!?
年に二回の旅行の時はたまにのことだから一番良い部屋に泊まっていたけど、飛行機も!?
お父さんたちは一体いくらお金を使ったんだろ。一回の飛行機に。
離陸するまで一人でソワソワして、空の上になったら私はすぐお父さんの隣に移動した。
だって飲み物はいかがですかって聞かれてもどうしていいのかわかんない。
とりあえず貰ったりんごジュース片手にお父さんの隣に座れば、今度は飛行機グッズが詰まったプレゼントをCAさんがくれた。
振り返れば美影も貰っていた。




