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家を出発して一時間くらいで到着した空港は冬休み中でしかも土曜日だったから人が多かった。
昨日の夜に飛行機の座席を確保したっていうお父さんは一人でカウンターに向かったので私はその後ろに続く。
お土産を買うから一緒に行こうってパパに誘われたけど、私はお父さんと行くと断ってしまった。
だってちょっと今さらだけど恥ずかしいんだもん。
その点お父さんは私の中でまだ無性別の存在だ。
お父さんにはお母さんと美影がいて、私と結婚する可能性が欠片もないから。
いや、パパや父と結婚する予定もないけどさ!
くっついてきた私にお父さんは不思議そうな顔をしたけど、特に何も言わずカウンターで手続きを始める。
後ろから抱き付いてパパたちの方を見れば四人と一匹は仲良さそうにお土産コーナーへと消えていった。
そう言えば黒駒ってどうするんだろ。
犬だから席は別なのかな。
「お父さん。黒駒ってどこに乗るの?」
背中にくっついたまま話し掛けるとお父さんは一瞬固まった。忘れてたな。
「あー……そのまま一緒に?」
「乗れるの?」
「まぁ……乗れるっていうか、犬っていうか……」
「盲導犬って嘘言うの?」
「嘘は言わないが」
歯切れが悪いままお父さんは搭乗手続きを済ませて、お腹に回されていた私の手に手を重ねた。
「お母さんたちと合流する前にちょっとお父さんと大事な話をしようか」
飛行機にまだ一回しか乗ったことのない私と違ってお父さんは慣れたように空港の二階の人気のない場所にある背凭れのない椅子に腰を下ろした。
一階の賑やかさはなく、がらんとしていて知る人ぞ知る穴場って感じ。
「大事な話ってなに?」
たぶん黒駒についてだろうが、黒駒の大事な話って想像できない。
黒駒は大きな黒い犬だ。図鑑で見た狼に似てる。
私が子どもの頃からずっと一緒に居て、そしてすんごく頭が良い。
どのくらい頭が良いのかというと、近所のお店に一匹で買い物に行けるくらい頭が良い。
父が書いたお手紙と財布を咥えてお店に行って、おばちゃんにお願いをしてお肉や野菜を袋に入れてもらって支払いをして、おつりが間違ってたら居座る。そして卵は割らずに帰って来る。
家の中でもお母さんのお手伝いをしていたり、私や美影の部屋を毎朝同じ時間に覗いて寝てたら起こしてくれる。
土日とかの休みは起こしに来ないのが賢い。
だからテレビで観る盲導犬も黒駒と同じような賢さで、お友達の家のペットの犬も訓練さえすれば同じような感じなんだろうと思っていたけど、夢ちゃんちのエリーとか加奈子ちゃんちのペコは黒駒よりずっとなんていうか、おバカだった。
お座りとかお手とかトイレは当たり前なのにそれしか出来ないのだ。
性格もなんだか落ち着かなくて子供っぽくて騒がしい。
しっかり訓練していないとそんなもんかと私は思っていた。
だからお父さんの黒駒についての大事な話ってのが想像できない。
だって黒駒に問題なんてないもん。
あるとすれば黒駒は本当は家で飼っちゃいけない本当の狼で、バレたら保健所に連れて行かれるってことくらい。
前に一度賢すぎる犬ってことでテレビの取材が来たけど、父を始めお父さんたちは一切取材拒否だったからバレちゃヤバいんだと思った。




