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運転席に座ったお父さんが助手席の父とお母さんを入れ替え、車は出発。
真ん中に私とパパ、一番後ろに父と美影と黒駒が寝そべる。
これから一時間ほどの距離にある空港へと行くんだけど、私はお父さんにお願いして小学校と中学校の近くを走ってもらった。
もう二度と見られないかもしれない景色を目に焼き付けておきたかったから。
小学校の隣の家にはいつも外にいる柴犬二匹が私を見て吠えた。
ちょっと先にあるスーパーは初めて美影とお使いに行ったところ。振り回した袋の卵が割れて大失敗した。
滑り台がある公園のブランコは靴飛ばしで身体も飛んでって後頭部にブランコのイスが直撃して三針縫った。
今は排雪の雪山になっている河川敷はゴールデンウィークに桜が咲いて、毎年家族でお花見をした。
今年もきっと綺麗に咲くんだろう。
中学校の近くの十字路はお友達と帰る時に自転車を停めて話し込むほど信号が長い。
通り過ぎていく色んな場所に色んな思い出があって、これまで思い出しもしなかった出来事が後から後から浮かんでくる。
勢いに流されて家を出て、お父さんたちがいるから不安は少ないけど、それでも胸にこみ上げてくるものは悲しみと寂しさしかない。新しい場所で頑張るぞという気持ちにはどうしてもなれない。切り替えられない。
本当の両親と兄に会うのも怖いし、お父さんたちと離れるのも怖い。
転校生に憧れることもあったけど、いざ自分がそうなると新しい学校で上手くやっていけるのか自信がない。私は自分でも思うけどお母さんのように性格が良いわけじゃない。
どっちかっていうと我儘で好き嫌いがあって、お友達の輪の中心にいたいタイプだ。
ちやほやされたい感情が一杯で、他の人を褒めるのが下手。でも褒めてもらいたい。
そのくせ褒められると素直にありがとうと言えない悪癖。
同級生は小学校から半分中学も一緒の子が多かったから心配はなかった。
私がそんな女子って知ってるし、私も他の子たちの長所も短所も全部知ってた。
ムカつくことがあってもそれ以上に良いところがあるって分かる積み重ねてきた年数があったから。
でもさ、転校先ではそんなの一切無くて一から作らなきゃならない。
兄は双子だっていうから同じ学校だろうけど、男子だしあてにはならない。
ていうか、兄と上手くやっていける気がしない。
美影みたくずっと一緒だったら気にもしないけど、血が繋がってるとはいえ突然兄妹と言われても困る。
私からすれば同じ年の男子と一緒にいきなり生活をするってことなんだもん。
あっちもそうだと思う。
流れる雪の街景色を見ていたら、段々と私が知っている場所に近づいて来てどくどくと心臓が鳴る。
こっち方面は来たいけど、お父さんたちとはあまり来たくないんだけど……。
挙動不審にならないようにしていると、車はコンビニに停まった。助かった。
助手席から降りたお母さんを追い掛けて美影も店内へと入り、お父さんが振り返った。
笑いを堪えるようなでも笑いたくない複雑な顔をしている。
「時間あるから。ほら降りて行ってこい」
「え? 美影に買ってくるお菓子お願いしたけど」
「そうじゃなく。近くだろ。……宇津宮くん」
「うっ……つみくん」
ぼぼぼっと顔が熱くなる。
初めての彼氏の宇津宮くん。
同じクラスでバスケ部で。騒がしい男子たちといつも一緒の。
背が高くてちょっとだけほんのちょっとだけ顔はパパに似てる。
明るい性格で、みんなに好かれていて人気者。でも成績は中の下。
名前が出て思い出して熱くなったのか、お父さんたちにバレていて恥ずかしいのか微妙な気持ちだ。
「知ってたの?」
「まぁ……うち喫茶店だったからな。宇津宮くんのお母さんから聞いた」
「……うあぁぁぁ……」
窓にへばり付いて悶えると父が後ろから座席を蹴った。




