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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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8


 地下へと続く階段を一歩一歩降りれば、徐々に体感温度が下がる。

 物理的に地下ということと、先に待ち受ける何かがそうさせているのだと私にも解かる。

 つい最近も私は地下へと降りたことがあった。玉彦の母屋である。

 嫌な感じがしなかったあの時とは違い、今回は犇々と肌に感じる。

 歓迎されていない。そして憎まれている。恨まれている。

 憎悪が渦巻く、とはこういった雰囲気を示すのだろう。


 階段を降りて地下に到着し、ドアを開ければ六畳ほどの部屋があった。

 玉彦が室内の電気を付けると天井にぶら下がった裸電球がチカチカしてから部屋を照らし出す。


 古い木のテーブルに椅子が四脚。

 小さな台所には錆びたヤカンが一口ガスコンロに乗せられていた。

 戸棚にある食器は埃が被り、長い間使われていない。


 陰鬱な部屋だな、と私は思った。

 地下にあるからではなく、何となくここで疲れ切った人間が休憩をしていた様な感じがして身体が重い。

 無意識に両手で肩を摩っていると玉彦が胸元から一枚の御札を出して私に差し出した。


「持っているように」


「え……。御札が必要になるの? 澄彦さんは危険じゃないって言ってたよね……?」


 受け取ってしっかり帯に挟む。

 それだけでふっと身体に纏わりついていたものが取り払われた。

 でもこれっておかしい。

 本来なら玉彦が一緒だったならこんなものは彼の白い靄が自動的に消してしまうというのに。

 ここでは玉彦の何かが制限されているように思えてしかたがない。

 その証拠に階段へ入る途中に漂っていた黒い靄は多門が手を振り翳して祓っていた。

 稀人の多門が先に進んで玉彦の露払いをしたとも考えられるけれど。

 それに、部屋の入り口の反対側にある木製のドア。

 そこからまだ何かが滲み出ている。

 玉彦とドアの距離を考えれば絶対に消されてしまうものなのに視えているのだ。


「ねぇ、玉彦。もしかして体調が良くないとかない? 酷く眠気を感じるだとか」


「ない」


 ということは玉彦のお力が底を尽きかけている訳ではなさそうである。

 考え込んだ私にそう言えばと玉彦は再び胸元に手を入れ、もう一枚の御札を取り出した。

 それは黒い御札。攫猿の檻に貼られたことのある澄彦さんの御札だった。



 正武家屋敷を取り囲む黒塀は、外界から侵入しようとする一定以下の禍を退けるように百八枚の御札が埋め込まれている。

 この百八枚の御札は次代の玉彦が書き上げたもので、半年ほど前に攫猿を捕獲保護した際に塀の敷地内でも攫猿を檻の中に入れておけるようにと澄彦さんの黒い御札が檻に貼られた。

 結界とも呼べる玉彦の御札が作り上げている空間を無効化するには同じ正武家の人間が書いた黒い御札が必要なのだ。

 力が拮抗して打ち消すのだそうだけれど、どうして玉彦が今、黒い御札を持っているのか全く理解不能である。

 玉彦が黒い御札の性能を知らないはずはなく、意識的に持っているのだろうとは思う。

 でもどうして? と考えても私には全然解らなかった。


「どうして持ってるの?」


 御札を見せてくれたということは隠している訳ではないようだし、聞いてみた。

 すると玉彦は御札を仕舞い直して腕を組んだ。


「ここにいるもの達は祓ってはいけないものだからである」


「祓っちゃいけないものなんてあるの!?」


「ある」


 玉彦はそれだけ言うと入り口の反対側のドアへと向かい手を掛けた。

 多門と高彬さんが後ろに控えて、私は最後尾に付く。


「この先のものたちを祓ってはならぬ。視えるお前たちには多少邪魔に感じるかもしれぬが我慢せよ。比和子には万が一に備え札を持たせてはいるが自身を護るのみの簡易の札だ。無暗に禍に近付けば危険があると心得よ」


「……はい」


 そうか。この御札は簡易の御札なのか。

 御札といえば問答無用に禍を退け、弱小のものなら祓ってしまえる作用があったけど御札に書かれている文字によって作用が変わるということなんだ。

 あとで御札をじっくり見てみようと思いつつ、私は先へと進む三人に続いた。


 ドアの向こうはすぐ正面に壁があり、左右に伸びる廊下が続いていた。

 電気を付けても薄暗く、どこまで廊下が続いているのか視認できない。

 そして左へと足を踏み出した玉彦に続けば数歩歩いて私は立ち止まる。多門も高彬さんも。


「ここは……なんだ?」


「見ての通り座敷牢かなんかじゃねーの?」


 私たちの目の前には鉄の格子が入り口の部屋がずらりとずっと奥まで続いていた。

 格子の隙間からは薄墨の弱々しい靄が漏れだしており、多門の背に隠れながら中を窺っても本体らしきものはなかった。



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