chapter.2『お父さん 御門森豹馬』
私のアルバムに四歳以前の写真が全く無いことに気が付いたのは、たぶん結構前だったと思う。
アルバムに貼り付けていないだけでどこかにあるか、本当はあったけれど写真にプリントアウトする前にデータを無くしてしまったのだろうくらいにしか思っていなかった。
弟の美影も同じ頃の写真がなかったので、おっちょこちょいのお母さんが紛失してしまったんだな、と。
私の一番古い記憶で思い出せるのは、ぼんやりと同じ年くらいの男の子と庭で池に落ちたこと。
たぶん美影と一緒に落ちたのだ。
それから幼稚園の赤城先生。
小学校に入ってからは結構鮮明に覚えている。
本当の両親がいると告げられ、呆然として話を聞かずに自分の部屋に戻った私はふらふらベッドに倒れ込み、自分の記憶を遡っていた。
晴天の霹靂、は言い過ぎだよね……。
なんとなく解っていたもん。
お父さんとお母さん、父は本当の親じゃないって。
でも名字が同じパパは……。
込み上げてきた涙をぐぐぐっと枕に埋もれて擦りつけ、私は息を止める。
パパがパパじゃないとして、本当の両親ってどうして私をパパたちに預けてるんだろう。
ていうか、本当の両親って誰。なに。
これまで一度だって会いに来たことなんてない。
……預けてるんじゃないのかな。捨てたのかも。
それとももしかして私は小さい時に誘拐されて来た子供!?
パパたちは誘拐犯で……ないなー。
誘拐犯なら正々堂々と喫茶店なんてしてないだろうし。
それにしてもどうしてこんなタイミングでパパたちは私に実の子供じゃないってカミングアウトしたんだろう。
夜ご飯の時に三者面談の話を振って、みんな動きを止めた。
たぶんそれが切っ掛け。
三者面談で本当の両親の話をする必要ってあった?
三者面談は進学先を先生と話すことだけど、高校に進学することと何か関係がある?
それにしたって中一の私が受験するにはまだ一年以上もあるし、その時でも良かったんじゃないのかな?
違う違う。そこじゃない。
問題はタイミングじゃなくて、私に本当の両親がいるってことだ。
『いる』ってことは現在進行形で生きてるってこと、だよね。
……『いた』だったら良かったのにな。
そうしたら、パパたちと血が繋がっていなくても家族でいられる。
過去形だったら、私の家族はパパたちだけだから。
でも『いる』のなら。
パパたちが私に話したってことは。
もう家族ではいられないよって……。
本当の両親のところに行きなさいってことなんだろうか……。
ぐずぐずと枕に突っ伏して、気が付けば寝ていたようでもう朝だった。
ベッドに倒れ込んでいたのにきちんと掛け布団に包まれていて、私はまた枕に顔を押し付けた。
泣いた時、目を擦らなければ瞼は腫れない、とそんな豆知識を朝から私に教えてくれたのは、新聞を読んでいたお父さんだった。
お父さん、と呼んでもいいのかな。
御門森さん、豹馬さんと呼ぶ選択肢が頭に浮かんだけど、すぐに打ち消した。
お父さんはお父さんだ。
私に本当の両親がいたって彼らが私の親を名乗らない限り、いや名乗ったとしても私は認めない。
ここまで育ててくれたのはお父さんたちとお母さんだし、後から自分たちの娘だって登場したってどういう事情があったのか知らないけど、捨てたのは事実なんだから。
……そもそも私に会いたいって思ってない可能性……。
ずーんと勝手に沈んで洗面所で歯磨きをしていると、弟の美影もなぜか瞼を腫らして背後に現れた。
タオルを持って鏡越しに私を恨めし気に睨んでから、すっと洗面所から出て行く。
順番待ちにイラッとしたのかな。
それとも本当のお姉ちゃんじゃないって昨日聞いたのかな。
今までお姉ちゃんぶってたくせに実は赤の他人でした、って分かってムカついたのかも。
美影にした数々のお姉ちゃん権力の行使を思い出す。
初めて見る食べ物はまず美影に食べさせた。
失敗したことを美影のせいに仕立て上げた。
逆に手柄は私のものに……。
お姉ちゃんじゃなくても最低の人間だな、私。




