chapter.1『私の家族』
私には父親が三人いる。
生みの父親、育ての父親、結婚してできた義父ではない。
中学生が結婚なんてあり得ない。
三人の父親と、一人の母親と、弟。犬。
親の人数の増減はあってもこの家族形態が当たり前だと思っていた。
けれど世間ではそうではないらしい。
※正武家洸姫のスピンオフ作品です。
私は『おのちょ』が嫌いだ。
どのくらい嫌いかというとこの世で一番嫌いだ。
アボカドよりもピーマンよりも納豆よりもキャベツの芯よりもだ。
おのちょのことが嫌いだとはっきり意識したのは小学校二年生。
一年生の時は何だコイツくらいにしか思っていなかったが、二年生になって明確になった。
けれど私がおのちょに嫌いだと態度で示してもおのちょはどこ吹く風で私の私生活にズカズカと入り込もうとする。
だから私は国語の『私の家族』の作文で、お前なんか私の家族に入られないということを思い知らすためにどれだけ私の家族が素敵で絆が強く、おのちょなんか入り込む隙なんかないのか原稿用紙二枚八百文字に詰め込んだ。
最後の『。』が八百文字目という完璧な出来だった。
作文発表の場は春の授業参観の日で、私は意気揚々と自信満々に読み上げた。
内容はこんな感じだ。
私の家族はパパとお父さんと父、お母さんと弟と犬です。
家は喫茶店、夜はお酒です。
家はお店と繋がっていて大きいです。
お客さんが一杯来るので儲かっています。
パパはいつも優しいです。お父さんは怒る時に時々白目になります。父はたまに犬を連れて行方不明になります。
お母さんは面白いです。弟は今年一年生になりました。犬はかしこいです。
みんな仲良く丸になってご飯を食べます。空いている椅子はありません。だから誰も丸には入れません。
とかなんとか、家族仲が良いとアピールしつつおのちょ来るなよ、と牽制したつもりだった。
しかし、私はこの時自分の家族形態がお友達とは大きく違うことを知らなかった。
だから授業参観で担任のおのちょは笑顔のまま固まり、お友達のお母さんやお父さんに白い目を向けられたお母さんはぽかーんと口を開け、お父さんは白目を剥き、パパは額に手を当て目を閉じ、父は肩を揺らして笑っていた。
この授業参観のあと。
保護者達の集まりはかなり微妙な雰囲気から始まり、私の家は一体どうなっているのか道徳的にいかがなものかと問題になったそうだ。
傍から見れば、お母さんが二人の男をたらしこんで子供を二人生んで、新しい三人目の男を家に連れ込み、自分は専業主婦で三人の男たちに養ってもらっているというドロドロの家庭環境に映ったらしい。
確かにお母さんは可愛いし憎めない人でたまにお手伝いをする喫茶店のお客さんにファンが多いけれど、保護者達が思うようなそんな人じゃない。
パパと父とはお友達と私に言っていたもん。お母さんは嘘は吐かない。
それから両親たちがどのように他の保護者達に説明をしたのか私は知らないが、とりあえずそういう家族の形態が我が家です、と納得はしてもらったようだ。
どうして他の家の人に納得をしてもらう必要があるのか疑問だけれど。
それで、だ。
私の力作によって担任のおのちょがパパに言い寄って来るのを牽制したつもりだったが、話は早々上手くはいかず、私の担任を三年生で外れたおのちょこと小野千代はそれから四年間、せっせと日曜日にはパパがいる喫茶店にやって来る。
二年生から中学一年生になった私はますます小野千代が嫌いになっていた。




