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「大丈夫? お父さん、ここに居るの? 上のお屋敷?」
背中を擦りながら落ち着かせるように尋ねると少女は僅かに頷いた。
運転席から心配そうにこちらの様子を窺う竜輝くんと目を合わせると、同じことを考えていたようで、首を横に振った。
「本日役目はございません」
「だよね。とりあえずお風呂に入って温まりましょう。怪我をしていないか確認しなきゃだからね。えーと、お名前は? なにちゃん? どこから来たの?」
よほど滑り落ちたのが痛かったのか、少女は咽び泣き、ひっくひっくと身体を揺らす。
「須藤、洸姫……。北海道から……」
「こっ……!」
心臓が止まるかと思った。でも止まって堪るか。
私は伸ばした両腕で思いきり帰ってきた我が子を抱きしめた。
今年、帰って来るとわかっていた。
でもまだ誕生日まで一週間もある。
だから、ぜんぜん、心の準備とか、ぜんぜん。
冷えた身体から温かい体温を感じ、伝わる。
私と同じ、温かさ。私から生れた温かさ。
戻って来た。帰って来た!
何も言えない。本当に、何も、今は言えない。
今はもう、この腕に抱きしめている洸姫の温かさだけを感じていたい。
と、思っていたら、だ。
空気を読まず、無粋な男が思いきり車のドアを蹴り上げ、洸姫がビクッと身体を強張らせた。
何事かと車内から外を見ればそこには天彦が仁王立ちしており、竜輝くんが気を利かせて窓をスーッと開けてくれた。
「天彦?」
声を掛けた私に天彦は今までに見たことも無い憤怒の表情を向けた。
普段は達観してすましてすかしている天彦が怒りを見せることはまず無い。
それもこんなに感情を露わにすることは初めての事だった。
お役目がないのにお役目着を着ている天彦はスッと洸姫を指差し、言葉を吐き捨てた。
「その者、洸姫にあらず! 母上、赤の他人の人でなしなどお抱きなさるな! 汚らわしい! 不快である!」
いつかどこかで玉彦が吐き捨てた言葉と同じことを口にした天彦に私と竜輝くんがぽかーんとする。
洸姫じゃないって、なに。汚らわしい、不快ってなんなの。妹でしょうが。再会早々兄妹喧嘩?
唖然としていると天彦が遠慮なく車のドアを開け、洸姫を抱きしめていた私の手を解き、彼女の髪を掴んで外へ引き摺りだそうとしたので、私は咄嗟に眼に力を込めたのだった。
これにて本編は終了となります。
ここまで読んでいただき、そしていいねを押していただきありがとうございます(*´ω`)
本編は『漆(七)』へと続くのですが、その間にスピンオフ作品が時系列的に入ります。
別作品として投稿しようかとも思ったのですが、このまま『陸』の後ろに連載していきます。
そんな感じで本編は終了しますが、引き続き宜しくお願いいたします(*´ω`)




