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普通に考えて、逆回りをすれば絡繰りは機能しない。
なぜなら絡繰りを作動させて進むので、逆方向からだと例えば最初にあった回転扉は閉まったままである。
内側から扉を回転させることが出来ないことから閉じ込められた格好になり、結局は来た道を戻るしかない。
ということを玉彦に言えば、中々良い推測だと褒めてくれた。
「なのに逆回りする理由って何なの?」
「一つだけ、進むための絡繰りではないものがある。逆回りをして初めて意味を持つ」
「そんなのあった?」
まだぶつくさ文句を言っていた多門に水を向けると、彼は少し考えてから答えた。
「階段。滑り台の」
「あぁ! そう言えばそうね」
さっき多門と高彬さんが立ったまま滑り降りた階段である。
階下に戻された二人は斜めになった階段の床を上がって来た訳ではなく、戻された時に天井部分から出現した紐を引き、階段を元の姿に戻してから上がって来た。
結構な角度の滑り台だったのでそのまま上がって来ようとすれば苦労することが目に見えていたし、紐が出て来れば引きたくなるだろう。
「その階段に秘密があるの?」
「ある」
それだけ言って玉彦は黙々と歩き、私たち視える三人は辺りを観察しながら歩いていたけれどやはり特に気になるものは視えなかった。
そうして階段に到着し、階下を見れば普通に戻された階段があり、どこに秘密があるのかと首を傾げる。
すると玉彦は紐を引き、誰も居ない階段を滑り台にしてしまった。
「こういった場所は一人で来るのではなく、大体数人で訪れる」
「ま、まぁそうよね」
「先に階段を上った者が紐を引き、下へ戻された者が階段を戻す」
「うんうん」
「よしんば全員が階段を上ってしまい紐を引けば斜めになるが、階下に紐が出現したのが見えればあれを引けば階段は元に戻るのだろうと推測できる。紐を引いた集団が立ち去っても、後から来た者は滑り台を階段に戻すという絡繰りだと思い紐を引くであろう。もしくは滑り台から誰かが降りて来て紐を引き階段を元に戻す」
「まぁ、そうね」
「しかし。一人でここに来ていた私は疑問に思った」
「え?」
「階段を元に戻すための紐は、階段が斜めにならなければ出現しない」
「うん」
「しかし階上の紐は『ぶら下がったまま』なのだ。こういった絡繰りの場合、紐は一本になっており、一方が伸びれば一方は縮む」
「あんた、そんな面倒臭いこと考えてたの? 小学生のくせに」
「こういった絡繰りはどういう仕組みなのか考えて進むのが醍醐味であろう。ただ驚き騒ぐだけではここに集められた職人たちの技が泣くぞ」
私は全くそんなことを考えず楽しんでいて、多門と高彬さんを見れば彼らも同じで苦笑いをした。
玉彦はそんな私たちに溜息を吐いてお決まりの、まったく、と呆れて呟いた。
「一度引いて作動した絡繰りの紐を引こうと思う人間はあまりいない」
「そうね。ここじゃ階段の板を斜めにするっていう絡繰りだと思うわ」
「しかし階下に紐が出現しても消えないこの紐」
玉彦が握った紐を私に渡して引いてみろという。
しかし受け取った紐を引いても何も起こらない。
「普通はそこで諦める。階段を作動させたからもう役目は終えたと思う。が」
紐を握る私の手に玉彦の手が重ねられて強く引けば、がこんと音を立てた。
一体何が作動したのかと思って階下を見てみると階段が元通りになり、一階の階段の始まりの床板がぱかりと開いて地下へと続く階段が現れた。
二階からずっと地下まで続く階段だ。
「あれが出現する条件は階段の絡繰りが作動し、且つ、もう一度上階の紐を強く引くことである」
「えええっ……。何あれ。行っても良いの?」
私から離れた玉彦の手を握り直す。
わざわざ隠していた階段を下って良いことは無いと私は思うんだけど。
「いいじゃん。いいじゃん。やっと面白くなってきたじゃん」
多門はウキウキと肩に掛けていた赤いワンショルダーを降ろして、中に入っている組み立て式の錫杖を準備し始めた。
そして高彬さんは黒いスーツの胸に手を当てて静かに目を閉じる。
そんな二人の様子を見て、私は階下に眼を凝らす。
じわりじわりと黒い靄がにじみ出ており、私よりも先に二人は視えていたようだ。
「玉彦。この先、行ったことあるの? 何があるの?」
「五村と藍染の闇がそこにある」
見上げた私に視線を落とした玉彦は繋いだ手に力を籠めた。




