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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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13


 玉彦に子どもたちの寝かし付けを任せ、私は御倉神との対話に臨んだ。


 普段は何となく揚げを食べつつ日常会話をしていた感じだったが、こうして御倉神と真面目に向かい合うのはいつぶりだろう。

 神である御倉神と神様を持成す神守の私。

 けれど今はお父さんと約束を交わした神様の御倉神と上守光一朗の娘の私である。


「それで。その巻物はお父さんから受け取ったのですか」


 少しだけ緊張している私に対し、御倉神はいつも通りだったので気が引き締まりそうにない。

 それでも御倉神はなぜか一応正座をして神妙に頷いた。


「光一朗から預かり受けた。子がいつか求めて来るだろうから揚げと引き換えに渡しても良いと言っておった」


「正武家のお屋敷じゃダメなのですか」


「約束の所は神守の神社である」


 御倉神の答えに私は考える。


 お父さんが『子』と言ったのは私のことではない。

 自分以降に神守の眼に目覚めた子孫のことだ。

 お父さんの代ではお父さんが目覚めたので弟の光次朗叔父さんが神守となることはない。お祖父ちゃんもそうだ。

 なにより二人は視えない。

 神守の眼を持ち、尚且つ、名もなき神社を訪れ御倉神に揚げを献上した者が巻物を受け取る資格がある。


 例えば視える南天さんが名もなき神社で御倉神に揚げを献上しても受け取れない。上守の血縁ではないから。

 かと言って希来里ちゃんの未来の子どもが神守の眼を持たなければ、いくら名もなき神社に揚げを持ち込んでも御倉神と対話出来ないので受け取ることは出来ない。


 良く考えられた制約だと思う。

 巻物、おそらく絶対に神守の書だと思うが、この存在を知らなくても神守の者であれば御倉神から受け取れるのだ。

 それに書が元々どこにあったのかは知らないが、御倉神が持っていれば紛失することはないとも考えたのだろう。


「わかりました。今すぐには無理だけれど、時間が取れたら名もなき神社で御倉神に揚げを献上しましょう。それで良いですか?」


 思いがけず棚からぼたもち方式で神守の書の在処を知った私がそう言うと、御倉神は安堵したように背中を丸くさせた。

 そんなに揚げが欲しかったのかと思っていると、口を挿まず私たちの話を聞いていた玉彦が天彦を洸姫の隣に寝かせ、私の隣に腰を下ろした。


「神であるにもかかわらず何とも面倒なことを押し付けられたことである。光一朗も酷なことを頼んだものだ」


「え。揚げを貰って巻物を渡せば良いだけじゃないの」


 珍しく御倉神に同情を見せた玉彦に驚けば、御倉神は分かってくれるかと玉彦を見てますます猫背になった。


「いつ子が現れるか分からぬのだぞ。比和子がすぐに現れた故、そう長くはなかったであろうが、下手を打てば数十年数百年と待たねばならぬ」


「あぁ……そっか」


 御倉神は名もなき神社でお父さんと約束をしてからどれくらいあそこで待ち続けたのだろう。

 私の前に初めて現れた御倉神は紺色の学生服だったからたぶんお父さんの格好を真似たのだろう。

 ずっと留まっていた訳ではないだろうけれど、何度も立ち寄り誰かいないか捜してしょんぼり去っていく御倉神を思い浮かべて胸がぎゅっと締め付けられた。


 白猿討伐の時に御倉神があそこに居たのは偶然なんかじゃなかったんだ。

 立ち寄って、騒がしくて、ひょっこり顔を出せば視える私が居たのだ。

 あの時私も驚いたが、御倉神も驚いたに違いない。




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