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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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12


 神様との約束。

 たかが、といってはお父さんに失礼だけど、たかが一人の人間と交わした約束が果たされるのを御倉神はずっと待っていたようだ。


 『揚げを献上する』という他愛もない約束をなぜ御倉神とお父さんは交わすことになったのだろう。

 揚げを献上される御倉神にとって利益はあるが、献上するお父さんに利益は無い。

 神守として神様を持成す、ということは竹婆から聞かない限り、名もなき神社の由縁すら途切れてしまっていた上守一族が知る由もない。


 例えばお父さんが書を読んで知ったと仮定して、揚げを献上しなかった理由は何だろう。

 神様だからといって簡単に神守から供物を献上してもらえると思うなよ、とお父さんなら考えそうである。

 名もなき神社で発見した紙を読めば、当時は相当とんがっていたはずだ。


「御倉神。もし約束が果たされたとして……」


 眠りに就きそうな洸姫にちょっかいを出す御倉神の袖を再び引き、尋ねようとすれば部屋の襖が静かに開けられ、修練を終えてお風呂上がりの玉彦が帰って来た。

 玉彦の目には私と子どもたちしか映っておらず、手招きして肩に手を置かれ、そこで初めて御倉神を近距離に認識して玉彦は一瞬ビクッと身体を強張らせた。


「神とはこうも暇なものなのか」


「なにをいう。こうみえても日々働いている。水をやったり花を咲かせたり」


「そうなの!? のほほんと神社巡りして食べ歩きしてるんじゃないの!?」


 私たちから疑いの目を向けられた御倉神は気怠そうに立ち上がり、縁側の障子を開け放って振り向く。


「おぬしたち、神をでぃすったな」


「誰からそんな言葉教えてもらったのよ……。南天さんはそんなスラング使わないから多門でしょ」


 水干服を着た御倉神は教えてもらった言葉を使えた機会に満足そうにニヤリと笑う。

 そして水干服の膨らんだお腹辺りを両手でもぞもぞさせてから、一本の紫の巻物を私たちに掲げた。

 四次元ポケットか。


 三十センチほどのわりと大きい巻物を見て、私はサランラップの芯を太くさせた感じだなと思っていると、隣の玉彦が怪訝に眉を顰める。


「拳を突きだし何をしている。庭で手合わせでもしようというのか」


 視えて、ない?

 玉彦はあの紫の大きな巻物が視えていない!?


「ちょっ、玉彦。天彦、お願い。げっぷ出させてあげて。御倉神、それってもしかしてお父さんから受け取ったんじゃない?」


 天彦を玉彦にバトンタッチして、私は慌てて胸元を直し御倉神に詰め寄る。

 御倉神は私に巻物が取られないようにうーんと腕を上に伸ばして、ついでに身体を浮かせて天井まで移動する。

 忍者のように天井に大の字でへばり付いた御倉神はどう見ても不審者だ。


 飛び跳ねて御倉神を降ろそうとする私の手をススッと躱す御倉神だったが、玉彦が丸めたタオルを投げつけて騒がしくすると子どもたちが起きると怒れば大人しく降りて来た。

 座り込んだ御倉神と向かい合うと手にしてた巻物をさささっと水干服に収納する。


 もしかしてずっと御倉神はお腹のところに隠し持っていたのだろうか。

 灯台下暗し過ぎる。


「御倉神、それって」


「まずはわたしをでぃすったことを謝るのが筋であろ、乙女」


 くっそー多門め。

 豹馬くんといい多門といい、玉彦や御倉神に知らなくても良いことを教えやがって。


「ディスってすみませんでしたっ」


 姿勢を正してから勢いよく頭を下げると、御倉神は仕方ないのー、と謝罪を受けた。

 私が失礼なことを言ったので御倉神が腹を立てるのは良く解るが、なんていうか、こう、イラッとするわー。



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