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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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6


「その為に来た。大事だいじに至らず、よく未然に防いでくれていた」


 村民の前では相変わらず無表情の玉彦様で冷たい感じがするけれど、彼の言葉を聞いた管理人さんたちは感極まったようで目じりに涙を浮かべている人もいる。

 絡繰屋敷に異変があり規則に従い展示物を処分して、数が多いことに不安を覚えていたことだろう。

 それでも正武家には連絡を入れず自分たちで何とかしようとしていた矢先、おいそれと助けは求められないと思っていた正武家の稀人から次代が訪問すると聞いてどれだけ安堵したことか。

 しかも自分たちが頑張って対処していたことを次代が知っている。

 まだ解決はしていないけれど報われたと感じたんだろうな。


「して異変はいつ頃から」


「五月のゴールデンウィークを過ぎた辺りからです。ゴールデンウィーク中は入館者もいて普通に開館していたのですが、それ以降ぽつぽつと何かおかしな感じがしまして」


 ゴールデンウィークと聞いて私たち四人は同じことを考えただろう。


 その頃私の家出騒動から始まり、いや、攫猿かくえんが屋敷に姿を現したことから始まり、神落ちが五村で暴れて山中のあやかしたちが総毛立っていた。

 澄彦さんの話ではここ半年くらいで藍染神社に持ち込まれる展示物が増えたということだったから、まず神落ちの件が関わっていることは間違いないだろう。


「相分かった。屋敷の中を廻る。お前たちはここで待つように。くぞ」


 ソファーから腰を上げた玉彦に続いて私も立ち上がると、並木さんも一緒に立つ。


「誰か一人案内役をお付けいたした方が」


「いらぬ。ここは良く見知っている」


 目だけ細めて笑った玉彦に、管理人さんたちの顔がなぜか綻ぶ。

 彼らの間に流れる温かな雰囲気に私もなぜかほっこりして微笑んだ。

 管理人さんたちに見送られ、事務所から出た私たちは玉彦を先頭に私、高彬さん、多門と続く。


「玉彦は管理人さんたちと知り合いだったの?」


 立ち止まって振り向いた玉彦はちょっとだけ嫌そうに顔を歪めた。

 聞いちゃいけないことだったんだろうか。


「……小学生の時、一人でここへよく遊びに来ていた」


「一人で!?」


みなが学校でここの話をしていてな。行ったことがなかったゆえ……」


 口籠る玉彦に私は小さな地雷を踏んでしまったことに気が付いた。


 澄彦さんがお役目で五村を離れる時、玉彦はお屋敷に居なくてはならなかった。

 お留守番の時に社会見学があって行けなかった玉彦が翌日登校すれば友達は昨日の社会見学で行った絡繰屋敷の話で盛り上がっていて置いてけぼりを喰らったのだろう。

 だから一人でこっそり遊びに来てみたんだ。

 そしてよく遊びにってことは気にいって何度も来ていたに違いない。


「ふーん。そうなの。じゃあ案内は玉彦に任せちゃって大丈夫なのね。引率の先生みたいね」


 気付かないフリをして私が言えば玉彦は何とも微妙な顔をして、そうだなとだけ返事をした。


 絡繰屋敷の始まりは入り口から左手の何の変哲のない行き止まりの廊下から。

 玉彦が指差した床板を多門が踏めば、行き止まりの壁がくるりと回転する。


「おおおっ! 本当に忍者屋敷みたい!」


 感動する私と高彬さんにニヤリと笑った玉彦は先へと進む。


 その後、回転扉を始め、襖を開けたのに壁だったり、階段を上っていて私が階上に到着すれば先に到着していた玉彦が紐を引き、後に続いていた多門と高彬さんの足元の階段が斜めになり二人は立ったまま滑り台を滑るように階下へ戻されたりと大の大人四人がわいわい騒ぎながら子供のように絡繰屋敷の絡繰りを満喫する。

 これは子供じゃなくても十分楽しめる。


 途中立ち寄った部屋には例のフランス人形が飾られていた場所があり、そこに一歩踏み込めば百体以上の人形の視線が自分に集まる感覚があった。

 けれど不穏なものではない。黒い靄が漂っていないことからそれは確かだ。

 視える二人も特に何も言わない。

 多門に至っては人形っていうだけで気持ち悪いと呟き、身も蓋も無い。


 そうして私たちは左回りにぐるっと屋敷を一周して再び事務所前まで戻って来た。

 玄関の広いスペースで四人輪になり、お互いの顔を見合った。


 私は特に何も感じなかった。

 強いて言えば来た時の塀で見かけた靄くらい。

 それは多門も高彬さんも同様だったらしく、反対意見は無い。

 玉彦は元々悲しいくらいに視えないので彼の意見ははなから期待していない。


「ではもう一度、くぞ」


「えええっ。またぁ? 一度回れば充分だろ。比和子ちゃんだってそう思うよね?」


 踵を返した玉彦に多門が不服の声を上げて私に同意を求めたけれど、こういう場合玉彦には何か考えがあってのことだ。


「行きましょ。もう一回くらいなんてことないわよ。良い運動になる」


「比和子ちゃんはさぁ歩いてるだけだけど、オレとか高彬なんて次代が絡繰りを動かすせいで相当な迷惑を被ってるんだけど。運動どころかアスレチックだよ」


 確かに二人は横から飛び出す板や不意に開いた床板の落とし穴に落下しそうになったり、色々と楽しそうだった。


「確かにコイツの言う通り、同じところを回っても意味はないと思う。自分は何も感じなかった。それでも次代様は行くって言うのか?」


 あまり発言しなかった高彬さんが玉彦の背中に問い掛けると、玉彦は振り向いて右手を指した。


「今度は逆回りだ。昔から、ここでは逆回りは禁じられている」


 でた。『昔から』。

 大体この五村で頭に『昔から』と始まるしきたりにはろくなことがなかった。




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