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ダイニングテーブルに七枚並べて睨めっこをしていると、南天さんが不思議そうに手を止めた。
「なんですか、それ」
え、視えてる!?
私が南天さんを二度見すると、多門も包丁を置いてテーブルの上の紙にバッチリと視線を合わせた。
「それって次代に渡す券? 何書くか迷ってんの?」
多門が言っているのは私が毎年玉彦の誕生日に渡すプレゼントのことである。
肩たたき券など簡単なものから白紙の何でもしてあげる券がおなじみだ。
ちなみに今年は書いている暇がなかったものだから白紙の券を五枚プレゼントした。
「いやぁ、実はさぁ。もうこの紙には文字が書かれてるのよ。文字までは視えない? お祖父ちゃんたちには紙があるってことすら分からなかったみたいなんだよねぇ」
「なに? またなんか面白いことに比和子ちゃん首を突っ込んでんの?」
じゃがいもの皮をむき終わった多門は手早くテーブルの上を片付け、南天さんが私の隣に座り直した。
「なんと書かれているんですか?」
そう聞かれた私は見付けた順番の左から読み上げると、二人は段々と顔を顰めた。
そりゃそうよね。わざわざ視えない紙に視えない文字が書かれているんだから重要で大切なことだと思うもんね。
「これを書いた奴は相当ひねくれた奴だね」
「私のお父さん」
「は?」
「私のお父さんが書いたのよ」
「あ……シツレイシマシタ」
「いいえー」
気まずそうな多門は肩を竦めて身を小さくし、南天さんは口元に手を当てて笑いを堪えていた。全然隠せてないけど。
「南天さん。お聞きしたいことがあるんですけど良いですか?」
「私にお答え出来るものでしたら」
「お父さんっていつ頃から視えていたと思います?」
「そうですねぇ。高校生の時分には既に視えていらっしゃったと思いますよ」
「やっぱり」
「この紙の内容を窺うに書かれたのは恐らくまだ若い時だと思います。比和子さんもそうだったでしょう? 視え始めはなんでも視たい、力を持てば試してみたい。大人になるにつれ新たな力を得れば慎重に行使しようと思いますが、若い時分は試してみたいが先立ちがちです。それに本来この紙は神守の者しか視えない仕様のはずではないですか?」
「そう、そうなんですよ!」
さすが稀人頭の南天さん。推理力が素晴らしい。
「なのに紙だけ視えて文字が視えないということは……光一朗さんの練習不足といったところでしょうか……」
南天さんのさらなる推理に私は苦笑い。
でもそっか。すくなくとも高校生くらいのお父さんでも練習すればこういった神守の力を行使することが出来るのか。
だったら今の私ならもっと完璧に出来ると思う。やり方はまだ解らないけど。
「ちなみにお父さんが高校生くらいの時になにか変わったことってありました?」
南天さんが言ったように視え始めは何でも視たくなるように、書を手にしたならこの紙のように何かを試した可能性がある。
だいたいその頃そういった面倒事に巻き込まれるのは小学生の南天さんだと私は思っている。澄彦さんはお父さんとグルの当事者側だろう。白猿の落とし穴や二ノ宮金次郎の時のように。
うーん、としばらく考え込んだ南天さんには思い当たることがありすぎるようで、私が肝試し的な要素以外でと条件を追加すれば、はっと細めていた目を戻す。
「表門。表門をくぐられたのが高三の冬でした。正武家御門森以外の人間が通り抜けたということで当時は大騒ぎに」
当時正武家の表門の制約は正武家の家人か稀人、家人の伴侶となる惚稀人しか通られないとなっていた。
今もその制約は変わらないが、惚稀人の概念が違っている。
なので男のお父さんが通れたことで惚稀人ではなく稀人であると全員が勘違いしたのだ。




