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お祖父ちゃんは戦時中の生まれで、終戦した時にはまだ赤ちゃんだった。
けれど年の離れた長男と次男は出征しており、仏壇に位牌だけある。
お姉さんも二人いたがどちらも嫁に行っていて、上守の外の人間となっているので眼は受け継がれない。
とういうことは長男が発現していたかもだけど、もう既に鬼籍の人だから尋ねることは出来ず、お祖父ちゃんも子供だったから耳にしたこともないだろう。
なにせ上守は神守で、視える眼を持っていることすら知らないのだ。
もしかしたらお祖父ちゃんのお父さん、私にとっての曾祖父は実情を把握していて長男に伝えたかもだけれど、結婚もせずに出征した長男のところで途切れてしまった可能性が高い。
何よりも力が弱まってしまっていたから眉唾物のお話にされていた可能性だってある。
今後一人娘の希来里ちゃんが婿取りをして上守を存続させる流れになるのなら、私には神守を彼女の子どもに伝える役割があるのかもしれない。
「なんだ?」
言葉を切って考え込んだ私にお祖父ちゃんは訝し気な視線を向けた。
中途半端が気持ち悪かったのか、叔父さんもお祖母ちゃんも夏子さんも私を見ていた。
「あぁ、そうそう。これってなんて書いてあるか見える?」
私はそう言って懐から一枚の紙を取り出した。
『事実は小説よりも奇なり。』と書かれたさっきのお父さんの落書きである。
私としては指先で抓んでぶら下げて見やすくしているつもりだが、視えない四人は前のめりに何もない空間を凝視して首を横に振った。
「えー、なになになによぅ、比和子ちゃん。裸の王様みたいな感じー?」
夏子さんの手が私の手元の紙を横切れば、紙はひらりひらりと彼女の手を撫でたが感触は無いようだ。
「あー、うん。そんな感じかなぁ」
私たちのやり取りを見ていたお祖父ちゃんと叔父さんは顔を見合わせて、やっぱり光一朗の娘だよなぁとなぜか呆れる。
「お祖父ちゃん?」
「正直者しか見えんっていう遊びだろうが。比和子も光一朗としとったんか」
「え。お父さんとそんな遊びしたことないけど」
なにせお父さんは私の子供時代には時々家に帰って来る『お父さんという人』だった。
遊ぶよりも会えていない間の出来事を話すことばかりで、そういった遊びはしたことがない。
叔父さんから詳しく話を聞けば、私はははぁんと思い当たる。
どうやらお父さんが神守の眼を開眼したのは小学高学年くらいのようだ。
変なものが視えはじめ、身近にいた弟に視えているかどうか何度も尋ねていたのだ。
それから父親や母親にも確認して、きっと自分しか視えていないものと理解した。
自分に普通じゃないことが起こっていると理解したならば、次にお父さんが頼るところはもう手に取るようにわかった。
不可思議な事象に関して五村で右に出るものは絶対にいない正武家の惣領息子で親友というか腐れ縁の澄彦さん。
彼に聞けば原因はともかく、何が起こっているのか現状把握は出来る。
お父さんが一体いつ神守の書を手にしたのか分からないけれど、とりあえず開眼してからのお父さんの足跡を辿る必要があるようだ。
辿る過程できっと書を手にした転換期があり、転換期にお父さんがどこにいたのかが判明すればそれ以降の生活圏にある、と私は推理した。
でも結局は神守の書は五村から持ち出したところで外の世界では何の意味もないし、だったら上守の血筋が残る鈴白村に置いていた方が後世に眼を発現した者の役に立つ。
と考えるとやっぱり名もなき神社かこの実家にある様な気がしなくもない。
ひとまずはやはりお屋敷に帰ることが今私が選べる最善の一手なのだった。




