表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
272/335

2


 表門の階段を下り、まっすぐの道をゆく。


 久しぶりに袖を通した着物は新鮮で、気分がしゃっきりとした。

 出産してからこの方、お役目にも参加しないし来客の前にも出ることもなく、天彦洸姫が泣けばすぐにでも肩を出せる服装だった。


 今日は正武家のお役目がお休みで、子どもたちは玉彦に任せて来た。

 当番の多門がいて、澄彦さんもさっき母屋に来ていたので、流石に大人三人もいれば何とかなるだろう。

 本当に困ったことがあったら本殿の離れにいる竹婆のところに駆け込むはずだ。


 私が半年ぶりの一人きりの時間を欲したのには理由がある。

 子育てに疲れた息抜き、ではない。

 神守としてどうしても気になっていたことがあったのだ。


 出産前の数時間前。

 私は五村の意志と対峙し、五村へやって来た最初の正武家の当主と会った。

 その時に言われたのだ。

 神守に伝わる、神守にしか視えない書があると。


 お祖父ちゃんの家にあるお父さんの部屋に何度も泊まったことはあるが、そんなものは無かった。たぶん。

 そもそもお父さんが持っている可能性は低い。

 お父さんは視えていたけれど、神守としての自覚はそんなになかっただろうし普通のサラリーマンだ。

 そうなると神守が守り続けてきた名もなき神社にある可能性が高い。

 村民は存在すら知らない人が多く、関係者以外の人の出入りは皆無。

 何代か前に正武家から神守の役目を解任されていたことから、少なくともここ数十年は掃除だけだったはず。

 唯一白猿討伐の時に人の出入りが多かったが神守にしか視えないのなら誰も持ち去ることは出来ない。


 だったら、と。

 私は一日貰った自由な時間を名もなき神社の探索に当てることにしたのだった。

 玉彦は美容室に行って商店街で買い物をして、お祖父ちゃんの家で夏子さんとゆっくりしてくればいいと言っていたけれど。


 お祖父ちゃんの家の前を通り掛かると相変わらず縁側に面する茶の間の窓は開けっ放しで防犯意識は皆無だ。

 人影はなく、みんな畑に出払い、夏子さんは奥の台所、希来里ちゃんは平日だから学校だろう。

 家を通り過ぎて右に曲がり、名もなき神社へと向かう小道へ足を踏み入れ左手方向を見れば高田くんの家の庭に子どもたちの服が色とりどり干されており、その向こうに亜由美ちゃんの家が見えた。

 双子のお世話にあまり参加しない豹馬くんには理由があって、離乳食を作る作業に不安があるのは勿論のことだったが、亜由美ちゃんが懐妊したことが大きかった。

 一月には生理が遅れていてもしかしてと思い、二月に病院へ行って検査をして確定そうだ。

 なので豹馬くんは今年お父さんになる。だから赤ちゃんのお世話は自動的にしなくてはならないので正武家では予行練習を兼ねた程度のことしかしていない。

 亜由美ちゃんは玉彦と私の子どもたちと同学年の子じゃないことを残念がっていたけれど、それにもきっと五村の意志は関わっていて何か意味があるのだろうと思う。


 山中へ通じるつづら折りの道を歩き、ふと先を見上げると名もなき神社の屋根の庇が見えて来た。

 妊娠中は運動がてら来ていて、出産してからは一度も訪ねていなかった。


 鳥居の前で一礼をして手水場で手口を漱ぎ、拝殿でお参りをしてから裏手へと回る。

 参拝客は来ないけれどきちんと掃き清められており、神社独特の静謐な空気に深呼吸をすれば日々の疲れが溶かされていくようだった。



 さてさて。


 どこから捜しましょうかね。


 これまで足を踏み入れたところには無いのか、それとも神守の眼で視ていなかったから気付かなかったのか、どちらにせよ今回は最初から眼を全開にして捜そうと思う。

 書というくらいだからきっと紙で出来ているはずで、雨風が凌げるところにあるはずと目星をつけて、私は一番怪しい本殿に突入した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ