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「天彦、洸姫……」
生まれた二卵性の双子。男の子と女の子。
正武家では男児の場合『彦』の一文字が入る。
そうだった。そうだよ。どうして忘れてたんだろ。
一玉なんて有り得ない。
そして女児には『姫』が入るのだと私は後日玉彦から教えてもらった。
声に出した名前は初めて呼ぶ名前なのにしっくりとくる。
とんでもない名前を目にした後だったからなおさら。
子どもたちに寄り添って横になりしみじみ良い名だと噛み締めていると、玉彦が私の顔を窺う。
「名付けの大役、お疲れ様でした。すごく良い名前だと思うわ」
「そうであろう。そうであろう」
「で、名前の由来って?」
「天使のようにひかってみえる。と比和子が言った」
「言ったけど、聞こえてなかったよね?」
産屋の外にいた玉彦には聞こえないほど小さな呟きだったはずなのに。
竹婆から聞いたのかなと不思議に思っていると玉彦はふふふと口元を歪めた。
「思いは言霊に乗せられ天使光ってと確かに耳に届いた」
「うんうん。僕も聞こえたよー」
玉彦の後ろに立っていた澄彦さんも腕組みをしながら頷く。
「どういうこと?」
私が尋ねると玉彦は捨て名を書いた半紙を表門に釣って来るよう豹馬くんに手渡し、こちらに向き直った。
「子どもを目にして初めて母親が述べた感想から一文字貰うしきたりだ。何よりも強い加護となる」
「そう、だったんだ」
「心底感じた思いが必要となる故、予めそう云った理由で名付けが行われることを母親には伝えられぬしきたりだ」
だからか。
前に豹馬くんと話をした時に正武家に名付け辞典は必要ないって言ってたっけ。
ということは玉彦は玉のような子で、澄彦さんは澄んだ子と例えられたのだろう。水彦はともかく道彦は謎だ。
どっと疲れが出た気がして目をつぶっていると、玉彦が天彦の文字はすぐに決まったが洸姫の洸という一字が中々決まらなかったと私に言う。
光だと私のお父さんから一字を貰ったように思えるし、かなり迷ったそうだ。
でもやっぱり光という文字を入れねばならないから、散々考えて洸にした。と玉彦が言えば澄彦さんはものすごく良い字を選んだと絶賛する。
「だって僕の澄のさんずいと光一朗の光を合わせた漢字だろう? ご利益抜群だよねー」
その言葉に私は閉じていた瞼を見開く。
同時に玉彦も目を見開いて、お互いに視線を交わす。
とんでもなく問題児な娘になる予感がする……。
たぶん同じことを思った玉彦と私。でもまぁ……。
「あくまでも玉彦と私の遺伝子から出来上がった子どもだから、ね……」
「そう、だな」
「何を言っているんだい。そういう二人は僕と光一朗の遺伝子を」
と、言い出した澄彦さんは後ろから南天さんに羽交い絞めされ口を塞がれ、廊下へと強制連行されていく。
玉彦と私はそれを見送りながら、お互いに笑い合った。




