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「ただね。ちょーっと気になることがあるんだ」
玉彦と私の会話に一区切りがついた頃を見計らって、澄彦さんが再び口を挿む。
「藍染神社に話を聞いたら、ここ半年屋敷から持ち込まれる物が多いそうなんだ。祭りの時には人形が二十体以上も運び込まれた。いくら屋敷にそういった可能性がある類の物があるとはいえこの数は異常。このまま屋敷の物が無くなれば絡繰屋敷が立ち行かなくなる。なので原因を見つけて次代に何とかして来いというのが今回の事案です」
澄彦さんは上機嫌に告げて高彬さんにお酌をした。
「ついでに比和子ちゃんと多門と高彬にも五村の藍染村ってどういうところか知ってもらうためでもあるけどね。しっかりと勉強してきなさい」
「?……はい」
意味あり気に微笑んだ澄彦さんに玉彦は再度顔を曇らせ、私と玉彦は晩酌の席を後にしたのだった。
そうして翌日、である。
高彬さんは藍染村へ行った後、そのまま通山市へと帰る予定だったので、二台の車で藍染村へと午前中に向かった。
私と後部座席に座っていた玉彦は到着までずっと絶対に自分から離れるなと本当に口が酸っぱくなるほど私に言い聞かせる。
「わかってるってば。危ないんでしょ? いざとなれば眼を使うから大丈夫だってば」
「そうではない。そういう類の心配をしているのではないのだ。絡繰屋敷は本当に絡繰りばかりが仕掛けられた部屋しかない。離れれば必ず迷子になる。小学生の頃、担任の教師が屋敷で迷子になると発見されずにミイラになると注意を促していたほどである」
「それってさ……」
先生が生徒に団体行動を取らせるためにビビらせたんだと思うんだけど。
素直な玉彦はそれを今でも信じている訳ね。
はいはい、と気軽に返事をすれば玉彦は本当なのだぞ、と口をへの字に曲げた。
そして運転をしながら多門は私に鈴を死ぬほどぶら下げておけば良いと冗談で言ったのに、玉彦は半ば本気にして藍染村の小物店で鈴を十個も買ったのだった。
当然私はぶら下げることを拒み、増々玉彦の口はへの字を通り越して逆Uの字になっていた。
正武家屋敷から二時間ほどで到着した絡繰屋敷の前では既に南天さんから連絡を受けていた管理人さんが数人出迎えてくれた。
管理人さんたちは元々藍染村で職人として働いていた引退した年配の男性で、気難しそうな感じの人や血の気が多そうな声が大きい人など何となく前職が想像できる。
月曜日はお休みのはずだったけれど正武家様が来るということで全員が揃って出迎えてくれた格好だ。
管理人さんたちは車から降りた玉彦に駆け寄り、上半身と下半身がくっついてしまうんじゃないかと思えるほどのお辞儀をする。
「ようこそ御出で下さいました」
気難しそうと私が感じた管理人さんは並木さんといい絡繰屋敷の責任者で、染め物の職人さんだったそうだ。
背はそれほど高くなく私と同じくらいで、紺色の作務衣を着ている身体は細身である。
銀縁の眼鏡が神経質そうに思えたけれど話してみれば普通のお爺ちゃんだった。
そして当の絡繰屋敷は私が想像していた通り、白い塀で囲まれた日本家屋の立派な武家屋敷である。
正面からじゃ全体像は分からないけど、大体玉彦の母屋一つ分といったところだろう。
私たち四人は管理人さんたちに囲まれながら、とりあえず事務所へと案内され、途中多門と高彬さんが足を止めたのでチラリとそちらを見れば、屋敷の入り口にぼんやりと黒い靄が視えた。
やっぱり、ここでは何かが起こっている。
多門が何気なく腕を振り上げれば靄は弱々しく霧散して消えた。
恐らく姿を消している黒駒が蹴散らしたのだろう。
本当は黒駒もそのままの姿で一緒に来たかったのだけれど、公共の施設に動物は宜しくないと玉彦が判断した。
黒駒は式神だから別枠とも思わなくもないけど、管理人さんたちに説明するのも面倒というのが本音の様だった。
いくら五村の正武家様と言えども村民みんなが不可思議なことについて一から十まで理解して信用してくれるとは限らないのだ。
事務所は受付と兼用されており、式台を上がり右手に位置していた。
受付はガラス窓になっていて、黄色く変色したセロテープで止められた入館料を書いた紙や、廊下は走らない、展示物には触らない、という主に小学生に向けたものと思われる注意事項が乱雑に貼られている。
ちなみに三歳以下の幼児は無料で、学生は百円、大人は二百円ととてもリーズナブルな料金だ。
ただし物を壊したら百万円らしく、入館料よりも大きく書かれているのはご愛敬。
事務所の柔らかな応接セットのソファーに沈み込んで深く座り過ぎて体勢を整えるのに四苦八苦している私を背後から多門の手が助けに入る。
骨折していた腕はもうすっかり良くなり、力さえ籠めなければ通常の生活に支障がないほどになっていた。竹婆の散薬、恐るべし。
玉彦と私が座り、多門と高彬さんは後ろに立ったまま。
四つの湯呑みをお盆に乗せた管理人さんが戸惑いを見せてから、とりあえずテーブルに置く。
私たちの正面に座った並木さんは再び深く頭を下げて、お助け下さいと言えば、他の管理人さんたちも揃って頭を下げた。




