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「……ねぇ、これって本気で考えたの?」
半紙を握り締めてわなわなと震える私に玉彦はけろっとして頷く。
「散々迷ったが、皆で比玉和玉が良いと全会一致した」
後産の痛みとか長時間の出産の疲れが全部吹っ飛んだ私は玉彦の頭を掴み、渾身の頭突きをかました。
「なっ、なにゆえ……」
「なんでもなにも、こんなの変でしょうがっ! 変って言うかただ私たちの名前を組み合わせただけってなんなのよ! もっと、もっと……!」
あまりの怒りに私は血管がブチ切れそうになる。
生まれた子どもたちに最初に贈られる両親からの名前。
なのに、こんな、こんなっ!
「馬鹿じゃないの!? っ、馬鹿じゃないの!?」
怒髪天の私の叫びに廊下に出ていた澄彦さんがひょっこりと戻って来る。
袖の中で腕組みをして、ははぁ、としたり顔で笑う。
「どうして澄彦さんも止めてくれなかったんですか! 玉彦。絶対にこんな名前、私反対だからね!」
気圧された玉彦は半紙を胸に抱き、青褪めて何度も頷く。
「落ち着け、比和子。血圧が上がる……」
「誰のせいでこんな事になってんのよー!」
もう一発玉彦に頭突きをして私は肩で息をする。
すると澄彦さんは夏子さんと紗恵さんの腕の中で眠る孫に目を細めた。
人差し指を丸くさせて頬を撫でながら澄彦さんは私たちを見下ろす。
「息子の時、僕は『けしずみ』と名付けた。そんな僕は先代に『あぜみち』と名付けられたよ」
センスの無さは遺伝か、と言葉を失った私に、夏子さんと紗恵さんが顔を見合わせてから玉彦の肩を揺すった。
「玉彦様? 玉彦様? きちんとご説明なさらないと。比和子ちゃん。希来里の時は『なつひかり』だったわよ。紗恵さん、竜輝様は」
「竜輝は『さてん』でした。両親の名を逆さに一文字頂くのが『捨て名』ではよくあることだと九条様に言われて」
「す、てな……」
呆気に取られた私の脳内で捨て名が駆け巡る。
捨て名。そう捨て名だ。
五村で生まれた子は玄関に捨て名と呼ばれる仮の名を半紙に書き、玄関に吊るすしきたりがある。
そうしなければ山から降りて来た九児に子どもが連れ去られてしまう。
「やだ、もう……。すっかり忘れてたわ……」
鈴白村に来て私が初めて出会った不可思議な出来事。
飢饉で口減らしされた子どもの化身の九児。
たとえ正武家であってもしきたりは守らなきゃいけない。
「ごめんね、玉彦」
二度の頭突きで赤くなってしまった額に指を添えると、玉彦は自分も説明不足だったと口を引き結んだ。
あとでもうちょっとフォローしなくてはならないと感じつつ、私は玉彦から受け取った半紙を寝かされた子どもたちの頭の上に並べた。
「それで本当の名前は……?」
「今。ここで書く。竜輝。筆と硯を」
本来なら生まれて七日目に命名式を行うのがしきたりだけれど、正武家では生まれてすぐに名を授けることが慣習となっている。
これは名を魂に刻むことで守護の力を定着させやすいようにする為だそうだ。
「おかしな名前だけは勘弁してよー……」
小声で言った私にチラリと視線を向けた玉彦は片眉を上げた。
「命名したのは比和子である。俺は漢字を考えるのみ」
「私がいつ……」
仮の名だとしても妊娠してから一度もそんなことを言った覚えはなく、考えあぐねているとサラサラと迷うことなく筆を走らせた玉彦は二枚の半紙を私の目の前に掲げた。
日付と両親の名、続き柄の真ん中に命名と書かれた二枚の半紙。
命名 天彦
命名 洸姫




