第十八章『問われる玉彦のセンス』
お昼前に産屋へと運ばれた私はその日の夜中から軽い陣痛が始まり、ぐおおおぉっとなったのは明け方で、明け方から夕方までその状態が続いた。
竹婆から初産は長引くと聞いてはいたけれど、案外私だったらぽぽんと安産できちゃうのではないかと思っていたがそうそう世の中甘くなかった。
まだ陣痛が始まる前に竹婆と御門森のお屋敷から駆け付けてくれた東さんから聞いたところによると、初産は長引く事に加え、双子は早産になりやすいのだそうだ。
竹婆はそうなることを予想して今年の始まりからずっと出番を待ってくれていたらしい。
なのでお昼前に私に『おしるし』が現れたときにはもう準備万端ですぐに産屋へと入った。
竹婆と香本さんと東さんは産屋で、夏子さんと紗恵さんは母屋で待機してくれている。
稀人の竜輝くんも無事に学校を休めたらしく、御門森のお屋敷に一人になる予定だった宗祐さんも何かの手助けが出来れば、と来てくれているようだった。
そんな産屋の外の様子は戸板越しに玉彦が知らせてくれていた。
産屋は男子禁制と穢れが生じると言われていたので、いくら玉彦が産気付く前だから良いだろうと言っても竹婆は頑として譲らなかった。
私としては顔くらい見たかったけれど、玉彦が今生の別れになるかもしれないのにとか云々と竹婆を説得しようとする言葉を聞いて、不吉なことを言うんじゃないわよ、と私は考えを改めた。
そうして陣痛から七時間。真夜中日付が変わるころ。
この世にこんな痛みがあるのかと泣いて叫んで呻き倒し、私は約十月ずっと一緒にいた子どもたちを無事に誕生させた。
一人目が生まれ、数分置いて二人目。
奇しくも二人は双子にも関わらず、日付を跨ぎ誕生したので誕生日が異なってしまうことになった。
以前双子の先に産まれたのが弟とされていた時代、誕生日が兄よりも弟の方が一日早いとかなったらどうするんだろうと考えたことがあったが、現代は先に産まれた方が長子とされているので問題はないだろう。
子どもたちが産声を上げ、身体を竹婆と東さんに拭かれている間、壁に背を預けていた私は陣痛が無くなったはずの子宮の痛みを香本さんに訴えると、双子の分だけ子宮が大きくなっていたので縮む時もかなり痛いと言われて、泣いた。
そんなヘタレな母親となった私のところへ白い産着に包まれた双子が運ばれて来た。
産屋には一応産湯も用意されていたけれど、竹婆は綺麗に拭くだけでひとまず良いと判断。
外は一月の真冬。
産屋は暖められているが、産湯に浸かって身体を拭く間に体温が下がってしまうことを懸念してのことだった。
竹婆と東さんの腕に抱かれる赤ちゃんを見て私はもう後産の痛みが吹き飛び、両手を伸ばして頬を撫でた。
……あったかい。やわらかい。
「やっと……やっと会えた……。お母さんですよー……」
嬉し涙を瞬きで何度も散らし、生まれたての我が子たちの小さな手を握る。
竹婆に抱かれているのが最初に生まれた子。正武家の跡取りとなる宿命を背負う子。
東さんに抱かれているのが次の子。五村の意志に淘汰されぬよう、一時離別する定めの子。
まだ全然顔立ちなんて分からないけれど、どちらも泣きたいくらい愛おしく、可愛らしい。
「……天使みたい。光ってみえる」
沸々と込み上げる喜びの感情に浸っていると、香本さんが私の肩を掴んだ。
半泣きで彼女を見上げると、うんと頷き、私の汗ばんだ肌着に手を掛ける。
「初乳の時間です。奥方様」
そう言えば生まれて一時間以内にって言われてたっけ。
それから一人目二人目と腕に抱き乳を含ませていると、母屋で待ちきれなくなった玉彦がおずおずと戸板の向こうから声を掛けてきたけれど竹婆から、お連れするまで母屋で待たれよ! と雷を落とされていた。




