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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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14


「出来ぬことより出来ること。自由がないと嘆くより、限られた自由でもそこに幸せは必ずある」


「そうですけど」


「お前がな、どれ程心配しようとも何も変わらん。考えるだけ無駄」


「言い様があるでしょうよ……」


「故に私がここにいる」


「え?」


「ずーっと考えている。一族に課してしまったしがらみを解くすべを。私が何百年も到達できぬ答えにお前が辿り着くはずがない」


 言われて私は改めてギョッと目の前の彼を凝視した。

 そういえばこの人、どうしてここにいるんだろう、と。

 五村に来た最初の正武家の人間であるならもうとっくに成仏していてもおかしくはないのに。


「あのー。もう死んじゃってるのにどうして成仏しないんですか?」


「私は死んではおらぬ」


「え、死んでますよ」


 千年以上も前の人が死んでないって言い張るのってなんなの。


 眉間に皺を寄せた私に彼も皺を寄せた。


「確かに肉体はない。けれどこうして対面しているではないか」


「そうですけど」


「どうやらお前が言う死と私が思う死は違うようだ」


 千人いれば千人が肉体がなきゃ死んでると言うと思う。


「生まれ変わり次のせいを歩み始めたとき、私という存在は死んだと言える」


「はぁ。ということは輪廻転生したらってことですね」


「左様」


「どうして転生しないんですか」


 私の質問に彼は再び目を細め、それからゆっくりと純白の世界の空を見上げた。


「友を待っている。次のせいでも共に生きようと誓った。あやつは罪を重ね過ぎた故、未だ戻らぬ。待っている間、考えることがある故退屈はせぬ。時折お前の様な奴も現れる」


 私も空を見上げたけれど誰も降りて来る気配はなく、視線を戻すと彼は立ち上がっていた。


「幾星霜、時が流れようとも私はここで待つ。そう約束をした。必ず再び会えると友は言った。先を見通すことの出来る神守が言ったのだから信じない訳にはいかぬ」


「神守!? あっ、ちょっと待っ……!」


 驚き、声を上げた私に微笑んだ彼は問答無用で柏手を打った。


 罪を重ね過ぎたって! どういうこと!?

 それとお屋敷の下に封じられた厄災ってなんなの!?

 まだ聞きたいことがてんこ盛りなんですけど!?


 待って待ってと叫びながら、私の目の前は白く発光してしまった。





 座ったまま前のめりにがくんと意識を取り戻す。

 身体を支えるためについた手には畳の感触があった。

 見上げた時計は玉彦をお役目に送り出してから数分も経っていない。

 頬に触れると流した涙は半乾き。


 かなり長い時間囚われていた気がするけれど、現実の時間では僅かな間だったようだ。

 あの空間で青紐の鈴を鳴らしたはずなのに誰かが駆け付けた気配もない。

 懐に手をやると鈴は確かにそこにあった。

 とりあえず済んだことだし後で、昼餉にでも話せば良いかな。

 詳しいことは話しちゃいけないみたいだから、お母さんに会って、始まりの当主に会ったことくらいは報告しよう。


 それにしてもお母さん。

 まだ成仏してなかったんだなぁと思う。

 お陰で助かったけれど。

 両親と弟のお墓は鈴白村にあるので、そこで眠りにつく三人も五村の意志の一部分なのだろう。

 そうじゃなければあの特殊過ぎる空間に普通の人間だったお母さんがひょっこり現れなかったはずだ。

 五行の流れに乗った意志にお母さんがいると思えば、何となく、うん、心強い気がしなくもない。


 ホッとして気持ちを切り替え、よっこらせと立ち上がろうとしたら下半身に何とも言えない感触が生じた。

 じゅわりとお股を濡らす感覚に、うわぁぁっと目を閉じる。

 気を付けてたのに。あれほど気を付けていたのにぃ。

 妊娠後期に近付くにつれ、私のしもの状態はお腹の子たちに圧迫されてそんな気がないのに漏れやすくなっていた。

 ちょびっとだったらささっとお手洗に行って玉彦に気付かれずに着替えて、水洗いしていたのに。

 ちなみにお洗濯はこれまで自分でしていたけれど、そういった事情と私に冷たい水を触らせないようにと香本さんが引き受けてくれていた。

 玉彦は自分がすると言ってくれていたが、流石に濡れた下着が時々紛れていたら察してしまうだろう。

 そんなの恥ずかしすぎる。


「もー、勘弁してよー私の膀胱ー」


 と、自分のせいのくせに文句を言いつつ立ち上がると、だ。

 再び漏れてつつつっと液体が腿を伝う。


「えっ!?」


 普段の漏れ方とは違う量に私はお腹に手を当てて立ち竦んだ。

 これってもしかして竹婆が言ってた『おしるし』ってやつなのでは……。


 まだ予定日まで二週間もあるけれど、そんなことってある!?




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