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生温かい目になっていたであろう私に苦笑いを浮かべた彼は、当時の神守にも同じ目を向けられたと頬を掻いた。
「兎も角そうなってしまった以上、五村に住まうこととなり、居はついでと封じた禍の上に建てた。あれのせいでこうなってしまったゆえ、頭の上に居座って」
「嫌がらせのつもり、ですね」
「そうだ。そうして数年。ようやく我らが五村から出られぬ事象の原因がわかった。それが五村の意志であった」
やっと本題に近づいて来て、私は崩していた足を元に戻す。
私が玉彦から聞いていた話と彼が話すことは結果だけ見れば同じだけれど、そこに至るまでの過程がちょっと違う。
玉彦の話だとご先祖様はとても人間性が良く、五村を見捨てられなかったのだろうな、と思えたが、当の本人は帝との口喧嘩的な言い合いから始まり、後に引けなくなってしまった残念な人である。そしてちょっと幼稚。
「元々都から離れた五村に厄災が引き寄せられた理由は、この地が特異な地であったことである。人の手が入らず、自然の力のみで五行が整えられていた。木があり、水がある。土は豊かで火を熾して金を産み出す」
金といっても黄金ではなく、鉄、藍染の産業のことだ。
彼が云うのは五行説だ。
九条さんとの修行の中で、何度か耳にした。
五村はそれぞれの村に特色があるが、それには理由があると。
土地には五行の恩恵があり、特に影響が強く現れる属性のものを特色としていた。
緑林村であれば林業が、赤石村であれば漁業というように。
そのおかげで各村の産業は衰えることがないのだ。
土地と相性が悪ければどんなに投資をしても次第に衰えてゆくのだそうだ。
九条さん曰く、緑林の山の中の宿屋は気が休まるが、藍染の職人が住まう地の宿屋では疲れが取れないらしい。
これも身体を休めるという相性によるもののようだ。
ちなみに鈴白村は火の影響が強く、血脈を繋ぐことを第一とする正武家と相性が良い。なので御門森や神守の一族も鈴白村に居を構えた。
「淀みなく循環する五行は大いなる力の源となり、あらゆるものを引き寄せた。禍もその一つ。外からはそれほど感じられぬが足を踏み入れれば力を持つ地だと解る。禍からすれば小さな力を感じ求めて来てみれば大当たりだった。それは我らも同じだったが。兎も角、五村は五行の力が満ち溢れた地で、住まう人々もまた気力が満たされていた。ここまで話せばもう分かるだろう?」
「五村の意志とは五行の流れに乗った人々の意志、でしょうか」
「左様。千人の人間の内、五百人と一人がこう在れば良いと思えば、そうなる。禍で荒れ果てた地を正武家が去ることを良しとしない人間があの時どれ程いたのであろうか?」
「たぶん殆どの村民がそう願った。禍も引き寄せられるし祓ってくれる人間が必要で」
ガチリと私の長年の疑問の歯車がかみ合う。
正武家の人間が必ず一人は五村に居なくてはならない理由。
それは去ることを恐れた人々の意志がそうさせた。
おそらく年数が経つにつれ、その理由は曖昧になり、人々の間では正武家の人間が五村を離れられない理由が置き換わった。
彼らが五村を去ると封じた禍が放たれ、そして豊かな地が再び荒れる、と。
以前希来里ちゃんが歌っていたお手玉のうたのような考えが村民の間に根付き、正武家が去れば現実になる。
しかし彼らは去れない。例えば澄彦さんは外へと出られるが、玉彦は出ようとしても阻まれるのではないだろうか。意志の力によって。
五村民が思い描く正武家像は『絶対領主』だ。
正武家がこうと思えばそうなんだと思う宗教のようなもの。
だから五村の意志は正武家の人間の思いを優先させる。正武家が望むものが手に入らないなんてことは村民にとって有り得ないからだ。
けれど澄彦さんが試したように、宝くじがとかの個人的な願いは意志の中の多数決の結果、叶えられない。
もし叶えたいのなら、正武家の人間が宝くじを買うと必ず高額当選する、という噂を流せば良い。
それが何年も続けば当たることもあるだろう。
そう、何年も、だ。
ちょっとやそっとの期間じゃ五村の意志の多数決は覆せない。
多数決……。
「もう答えは分かり切ってますがお聞きします。私と玉彦の子どもたちはやはり一旦は手放さなくてはならない、ですよね?」




