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「随分な試され方ですね」
『なに、これも必要なこと。五村の地と交わした誓約の一つによる避けては通られぬ道よ』
「だったらご自分の一族だけに課してくれませんかね?」
『異なことを申す。お前は我が一族の者であると先ほど言っていたではないか』
「まぁ……言いました」
確かに言った。言いましたとも。
敵意が感じられない男性に私はどっと疲れが出て肩から力が抜けた。
足を崩してトントンと拳で叩けば、彼は一人分空けて前に腰を下ろした。
『こうして神守の者に会うのも久しい。何代目となる?』
「さぁ? 私の時代にはもう何も残っていないので分かりません」
『そのようなことはあるまい。神守に伝わる書があるはずだが。視える者にしか読めぬようではあるが』
「無いですよ」
『ある。探せ』
とんでもない無茶振りをする。
神守に関するものが名もなき神社にあるかも、と探したことは何度もあった。
それこそ九条さんに手伝ってもらったりもした。
けれどそんなものは無かった。だから正武家の顛末記を読み解き、過去の神守がどんな能力を持っていたのか調べた経緯がある。
でも彼があるというのならあるのだろう。
まだまだ血が濃く神様を普通に視ることの出来た古の神守をリアルタイムで知っている彼ならば。
「わかりました。探してみます。それでもう私は解放されるんですよね?」
『そう急くな。知りたいことがあるだろう?』
「聞けば答えてもらえます?」
『事と次第による』
「……帰ろうかな」
事と次第によるってこれじゃあ玉彦と変わらない。
さっさと帰ろうと両腕を広げた私の仕草を見て、彼は不満げに口を尖らせた。
「聞けば答えてもらえます?」
『よかろう!』
よっし! 言質を取った!
小さくガッツポーズをすれば彼は強く鼻息を漏らす。
呆れられたっていいもんね。
「じゃあさっきの。さっきの首の無い女の人は五村の意志だったんですか?」
もう分かり切っているが一応確かめる。
『そうだ』
「じゃああの人が正武家に都合の良い流れを作ってるってことですよね? 私、かなり売り言葉に買い言葉だったんですけど恨まれます?」
主にお母さんが、だけど。
私の質問に彼は一呼吸置いて答えた。
『あれは意志の一端に過ぎぬ。正武家の者の妻や夫になる者を目の敵にする、妬むだけの意志。故に恨むことはない』
「ということは意志には色んな種類がある? そもそも五村の意志って誰の意志から始まったんでしょうか」
正武家に関する謎の一つである五村の意志。
これまで幾度も助けられ、そして振り回されて来た。
澄彦さんや玉彦は知っていて、稀人たちも何となく気が付いているようだが、私はさっぱりだった。
「始まりは千人にも満たない人々だった」
懐かし気に目を細めた彼は、髭も無い顎を玉彦のように擦る。
遠い遠い昔のことだ。もう千年以上も前の。私たちが平安時代と呼んでいる時代の。
「五村の地は厄災で荒れ果て、そのまま滅ぶ定めにあった。役目を終え、帰京する前夜。一人の村娘が訪ねて来た。我らを捨てて帰ってしまうのかとそれはもう凄い剣幕で怒っておった」
「京へ帰る予定だったんですか?」
玉彦から聞いた正武家が五村に留まることになった理由は、都から厄災が五村に逃げて来て、土地が毒されてしまい、悪い気に中てられた禍が引き寄せられて来るのでそれを祓っているうちに帝から五村の地を清浄にするまで帰って来ちゃ駄目と言われたからだと説明されていた。
その話を聞いた時、五村に残ってお役目をしていた正武家の人間は村民を放っては置けなかったんだろうな、と思っていたけれど、当初は帰る予定だったらしい。
「うむ。この地が滅ぼうが私にはどうでも良かった。封じた禍はいつか放たれてしまうだろうが、それは後の者がどうにかすれば良い。村娘にもそう伝え、帰した。けれど翌朝な。いざ支度を整え、皆で五村を発とうとすればどういうことか出られぬ。同じところをぐるぐると回り、元の宿へと戻る。ははぁ、狐にでも化かされたかと思うたが、気配がまるでない。そのようなことを数日繰り返しているうちに一つまた一つと役目が舞い込む。仕方あるまいと鎮めておれば、都から神守の一族が揃ってやって来た。帝の勅書を携えてな」
「帰って来るな、ってあれですか?」
「そうだ。しかしこれは異なことだった。早く帰って来いと我らを急かしていたのは帝であらせられた。ヘソを曲げて捨て鉢になられたと思った私は、大人しく従うのも腹立たしく、戻らぬ代わりに無理難題を吹っ掛けた。嫌がらせ、とも言える。しかしだ。帝は是と仰った! 私は後にも引けず従った……」
五村の地を寄越せ、戦に巻き込むな、正武家に関することはそういうことだと思って大目に見ろよ、っていうあれだ。
それはこの目の前の人が言い出したことだったのか。
しかも子供同士の喧嘩みたいなノリで。




