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私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~  作者: 清水 律
私と玉彦の正武家奇譚『陸』~誕生編~
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「……おっ……! おか……!」


 振り向こうとした私の肩を力強く掴み、前を向かせ、背後の存在は怒り心頭といった感じだった。


「さっきから黙って聞いていれば好き勝手なことを言いなさって。親馬鹿と思われるかもしれませんが、うちの娘は美人で器量良し、親元から早く離れて花嫁修業だって何年も頑張っていたんです!」


 ごめん。実は花嫁修業なんてしちゃいなかったのよ、と懺悔したい。

 していたのは修行だった。


「子どもだって授かって、これからっていうときに一体何なんですか! 誰だってね、初めての子どもの時には右往左往してしまうものですよ! 次の子だってそうです。案ずるより産むが易しと云いますでしょう!? それを死ねとか頭がおかしいんじゃありませんか!?」


「頭無いよ……」


「そ、そうね。頭が無いわね。ともかく、うちの娘は出産を控えて精神的に不安定なんです! 弱っている時につけこむとか余程そちらの方が死んだ方が良いんじゃありません? 人としてどうかと思いますよ? 貴女も女ならわかるでしょう? それを寄ってたかって。情けないったらありゃしない。こんな小姑ばかり。せっかく良い人のところに嫁がせましたけど、こんなことなら比和子、戻ってらっしゃい。家はまだあるでしょう? 大丈夫よ、お隣の須田さんの奥さんだって協力してくれるし、今は母子家庭のお手当だって充実してるわ。保険金には手を付けていないわよね? 正武家さんからもがっぽり慰謝料貰って縁を切りなさい。お金があれば双子だって何だって楽勝よ! 孫が成人するまでお母さんも成仏しないで見守るから心配はないわ! だから田舎は心配だったのよ。古臭いことばかり言って井の中の蛙なんだから。あぁそれとね、家に戻るならお墓、移動してちょうだいね。ここにいると見守れないから。ヒカルもね。お父さんはどうしようかしらね? 後で確認しておくわね。酒盛りしたいから残るかもしれないけど、娘の一大事だもの。一緒に来るって言ってくれるはずだと思う!」


 機関銃のように捲し立てるお母さんの話はお小言に変わり、それからしばらくあーでもないこーでもないと続いた。


「そういう訳だから、死ねという人のところになんている必要はないわ、比和子。女は家に従うなんてところ、出なさい。相応しくないとか言っちゃう人なんかこっちから願い下げだわよ。そっちこそこっちに相応しくないじゃないの。器がちっちゃいのよ。ミジンコよ。ミトコンドリアよ。いいわね?」


 やっと私の意見を聞く気になったお母さんに聞かれて、私はハッと意識を戻した。

 危なく頷くところだった。


「出て行かないよ。玉彦と一緒にいる。お屋敷の皆で子どもたち、育てるよ。だからお墓も移動しない」


「良いの? 小姑一杯いるわよ?」


「うん。たぶん今だけだから。元の世界に戻ったらこんな人たち居ないから。そうなんでしょう? 五村の意志」


 いつの間にか身を起こしていた五村の意志は、最初のように手を太腿の上でぎゅううっと握る。

 お母さんに言われ放題で反論の付け入る隙さえ与えられなく、頭があったら歯ぎしりが聞こえそうだ。


『認めぬ。相応しくない。死ね』


「あんたに認められなくてもね……ん? んんん? あれっ?」


 いやいやいやいや、ちょっと待てよ。

 この話はそもそもの前提が間違っている。


 どうして五村の意志が求める女性でなくてはならないのかって根本的なこと。

 正武家の人間が求めた人間であれば五村は反対出来ないんじゃないの?

 惚稀人が表門を通られる理由はそこにある。

 表門の不可思議な制約は恐らく五村の意志によるもの。

 正武家に相応しい人間でなくては通られない。

 しかし神様に認められた惚稀人は五村の意志は受け入れるしかなく、不本意でも通れてしまうのだろう。

 いくら五村の意志でも神様には逆らえないってことだ。


 既に免罪符は与えられていた。


「私という存在に文句があるのなら、私でも玉彦でもなく、神様に言ってくれない?」


 私がそう言うと、夕闇の世界はぱあっと神守の世界のように純白に染まり、目の前の女性たちが霧散した。

 優しく髪を撫でてくれた手を持つ存在も、五村の意志が顕現した姿も瞬きをする間に消え失せる。

 辺りを見渡し、解放もされず置いてけぼりになった私が溜息を吐けば、お役目着の若い男性が不意に現れ笑みを浮かべた。


『勝負あり。といったところか。ここ数代で稀に見る豪胆ぶりであった』


 こういう時ってイケメンが現れることがお決まりだけれど、私に微笑んだ男性は昔風の平安顔だった。

 昔の人基準だったらイケメンなのかもしれない。そう考えれば現代に通じる蔵人のイケメンっぷりはこの時代の人には受けが悪かったかもしれない。


 なんとなく男性の正体が解ってしまった私は、僅かに頭を下げてから視線を合わせた。




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